「やはりここに居ましたか。」
森の中でも1番大きい木の根元に、探していた姿を見つける。
蹲るように、自分の腕で自分を抱きしめるように、彼はそこに居た。
まるで、何かに怯えるように。
何かに、耐えるように。
昼間の彼からは全く想像できない姿。
恐らく、誰にも気付かれないようにわざと明るく振舞っているのだろう。
もっとも、ヘイハチには通用しなかったのだが。
一歩、二歩、とゆっくり距離を縮めていく。
ぽす、ぽす、と草を踏む音がする。
それでも、イブキは顔を上げなかった。
ヘイハチも別段気にすることはなく、あと一歩の距離まで近づく。
けれど、声は掛けない。
ただ、静かにイブキを見つめる。
「・・・どうして。」
顔を上げないまま呟かれた声はとても小さく、消えてしまいそうだった。
「・・・どうして、何も言わないんですか。」
今度ははっきりと聞こえた。
睨みつけるような、そんな目をしたイブキを見たのは初めてかもしれない。
否、見たことはあるけれど、向けられたことはなかった。
なぜか胸が高鳴る。
「何か、言って欲しいのですか?」
わざと、優しい言葉は避けた。
イブキが驚いたように、もしくは何かに気が付いたように目を見開く。
とたんに、流れ、頬を伝う涙にヘイハチの胸の高鳴りは先程よりもひどくなる。
頭で考えるよりも先に手が伸びていた。
「言ってあげましょうか?イブキくん。」
とめどなく溢れる涙を、親指ですくう。
ビクッと身体を震わせてイブキが立ち上がる。
「あ・・・ご、めんなさい。俺・・・っ。」
たまらなく、彼に触れてみたくなって、何か言いかけた唇を唇で塞いだ。
どうかしている、私は。
そう頭のどこかで冷静に考えてはいても、止めようとはしなかった。
どん、と強い力で突き放され、唇が離れる。
「ど・・して。」
呆然とそう呟くと、イブキは一目散に駆け出した。
遠ざかっていく背中を見つめながら、ヘイハチは小さく笑う。
「さぁ、私が訊きたいですよ。」
そして、そっと彼を味わうように親指を口に含む。
胸が痛いほど、高鳴っていた。
肥大した欲望は、きっととても美味だろう。
(人間はとてもグルメだもの。)