「珍しいね。キミが俺より早く来てるなんて。」
いつも10分は普通に遅れてくるから、今日は何となくゆっくり待ち合わせ場所に向かった。
まさか、遅刻魔の切原君がこの寒空のした、待ってるなんて思ってなかったから。
「・・・・まぁ、今日はたまたま、部活早く終わったし。たまにはいいっしょ?待たれてるのも。」
そうやって、笑顔で答えてくれたけど、でも鼻は真っ赤、息は白い。
絶対強がってる。
「ホント、ゴメンね。寒かったでしょ?何ならそこら辺の店に入っててくれてよかったのに。ほら、マフラーもっときちんと巻きなよ。」
俺は無造作に巻かれてただけの立海指定のマフラーを、綺麗に巻きなおした。
切原君はちょっと恥ずかしそうに小声で、どーも、って呟いた。
「・・・・それで、今日はどしたの?昨日急に明日会いたいなんてメールが来たから驚いちゃった。何かあった?」
俺の問いに切原君が目を大きく見開いて、ぽかんと口を開いた。
「千石さん、それマジで言ってんっすか?」
「マジだけど、なに?」
今度は大きくため息。
だから、一体何なんだよ。
「あんたさぁ・・・学校とかで言われなかったの?」
「だから何を。」
俺があまりにも分かってないのに気付いたのか、切原君が一瞬呆れた顔をした。
何か言おうとして、ちょっとためらってるみたいだ。
「・・・・・切原君?何か言ってくれないと、俺帰るよ?寒いし。」
俺が背を向ける素振りをすると、慌てて腕を捕まれた。
「・・・とりあえず、どっかはいりましょ。・・・・寒いし。」
俺はわざと一瞬ためらう素振りを見せた。
「ね?」
必死に見つめてくる切原君があまりにもかわいそうに見えてきて
俺は小さく頷いた。
どこかといってもしがない学生の身、入れる場所は自然と限られてくる訳で。
「結局、いつもここっすね、俺ら。」
ファーストフード店の隅の席に向かい合って座った。
「んで?結局何?」
「・・・ホントに言われなかったんっすか?」
「もう、じれったいな!さっきから話の内容がつかめないんですけど!?」
切原君がそれじゃあ、と言って俺を真っ直ぐ見つめてくる。
「千石さん、誕生日おめでとうございます。」
「へ?」
誕生日。
俺の?
あれ、今日何日だっけ・・・・25?
「あら。」
「・・・・・あら、じゃないっすよ。ホントーに忘れてたんっすか!?」
「いやいや、まじまじ。今日11月25日だったんだねぇ。そう言えばそうだ。」
全然意識になかったから、気がつかなかったよ。
誕生日かぁ。
こりゃめでたいね。
「・・・・・何か、あんまり嬉しそうじゃない感じ?ってか周りの人等は何も言わないって一体!?」
「あ、それね。俺さぁ、多分本当の誕生日、教えてないからさ。みんな知らないんだと思うよ。」
「・・・・本当の誕生日って・・・アンタまさか嘘教えてんのかよ!」
「まぁ、人それぞれに、ね。」
最低だな。って切原君が付け足した。
そうだね、俺もそう思うよ。
「だって、面倒くさいしさ、別に祝って貰う必要ないし。」
その途端、切原君が身を乗り出した。
「何で!?」
「俺、誕生日ってあんまり好きじゃない・・・んだよねー。」
切原君がきちんと座りなおして、今度は静かにこっちを見てくる。
「どしてっすか?」
「んー、ちょっとしたトラウマ?な感じになっちゃってんだよねー。」
「トラウマ・・・・っすか。」
「はは、またこれが大した事じゃないんだけどさぁ。」
ホント、大した事じゃあないんだよ。って笑って言ったら、切原君が悲しそうに見つめてきた。
自然と笑えなくなる。
「パーティとかさ、何かつらくなっちゃうから。」
ホントの事、言うべきなんだろうなぁ。
何でだろう、切原君には嘘がつけなくなる。
「どして。」
「俺、今じゃこんなんだけど、小さい頃あんまり感情表現ってのになれてなくてさ。嬉しくても笑えない子だったのよ。」
嬉しいのに、それが人には上手く伝わらなくて。
「誕生日もね、両親が色々やってくれてたけど。俺のリアクションがあまりにも薄いもんだから。」
嬉しかったんだ。本当は。
ありがとうって言いたかった。
でも、何故か言えなかった。
「ある年から突然、何もしなくなったんだよね。まぁ、何となくそうなるだろうとは感じてたんだけどさ。でも、あれはちょっと驚いたなぁ。」
正直、淋しかった・・・のかな。
あぁ、俺は何てことしちゃったんだろうって、後悔した。
だから、今の俺が出来上がった。
誰にでも笑顔、仲良しこよしのキヨスミ君。
「・・・・・・飽きちゃったんだろうねぇ。」
「飽きちゃったって・・・アンタ。それって笑い事じゃないっしょ。」
何気なく呟いた言葉に、キツイつっこみが入れられた。
眉間にシワのオプションつきで。
「そう?別に何にも思わないけど・・・。慣れてるし。」
「・・・・・アンタがたまに、俺に対して異常に冷たい訳が分かった気がする。」
「どういうこと?ってか俺切原君に冷たくした覚えがないんだけど。」
いつも優しく接してるつもりなんだけどなぁ。
「自覚がない辺り、危険だよな。アンタってさ、楽しそうに笑ってたと思えば、急に態度一変して冷めるとこあるから。アンタが自覚してなくても、俺はそれでいっつも傷ついてるの!」
早口で捲し立てられて、ちょっと驚いた。
切原君は息を整えつつ、手付かずだったポテトを食べ始めた。
「・・・・ふーん、そうだっけ。メンゴ。」
ホント、俺、どっかおかしいのかなぁ.・・・。
そういえば、昔付き合ってた彼女にもよく言われたっけ。
『清純はどこか冷めてるよね』って。
変わったつもりだったんだけど、やっぱり人って簡単には変われないのかなぁ。とか、ちょっと悩んでみたりして。
「自覚ないのに謝られてもムカツクだけだから止めてくれる?」
赤目モード寸前の声のトーンで怒られた。
やばいやばい。
「そりゃあ失礼。で、どういうことな訳?」
話題の転換を図らなくちゃ。
「・・・何が?」
「その、自覚のない冷たさの訳が分かった気がするって。」
「・・・あぁ、それ。」
切原君はジュースをひと口飲んだ。
さぁて、一体どんな返事が返ってくるのやら。
俺は黙って次の言葉を待った。
「アンタさ、自分に関心なさ過ぎ。もっとさ、大事にしろよ。」
・・・・・関心?
返ってきた言葉があまりにも予想外すぎて、思考がついていけない。
「・・・・・・訳分からないんだけど。」
「だぁかぁらぁー!アンタはね、千石さん。自分に対しての関心が薄すぎて、他人への関心が育ってないんっすよ。」
「へぇ、」
まだよく分からないから、とりあえず、先を促した。
「普通、人間まずは自分への関心や、まぁ後は・・・両親とか兄弟とか、そこら辺の近い人への関心を持つんだと・・・・思うんっすよね。」
考えながら話してるのか、言葉が途切れ途切れになっている。
だけど、真剣に話してくれているのが伝わってきて、俺はその姿から目が離せないでいた。
「んで、人ってこんな風な感情持ってるんだ、とかこうすれば嬉しいのか、とか、いろいろ学ぶんっすよ。って聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。」
「・・・それで、やっと他人への関心が生まれるんだと思うんっすよね。」
ちょっと驚いた。
切原君がこんなにも真面目に、考えてたなんてさ。
ちょっとかっこ良いかも?
「んー。何となく分かってきたけど・・。」
でもごめんなさい。
まだよく分かってなかったり・・・。
すると、切原君も俺がまだ結論に辿りつけてないのが分かったのか、もう一度何かを考えて、そして口を開いた。
「つまりは、自分自身を大切に出来ないヤツは、他人のことなんてどうこう出来ない。ってことっすよ。・・・分かりました?」
分かりやすくまとめてくれたらしい。
うん、まぁ、何となく、辿り着けた気がする。
「自分自身ねぇ・・・。」
「今からでも遅くないっすよ。って言っても、千石さんの事だから、また適当に流しちゃいそうなんで・・・。」
切原君が突然俺の手を取って口元へ持っていく。
「うわっ、何々?」
そのままキスされた。
いわゆる忠誠を誓いますって言う時にやるようなキス。
「まずは感じて覚えていきましょ?」
「感じるって・・・何を?」
「俺からの千石さんへの関心+α」
「その+αって何だよ。」
俺はちょっと意地悪がしたくなって、問い詰めた。
切原君が困ったように笑う。
「んーと、愛・・・っすかね。」
「へぇ。愛、ねぇ。」
「愛はその人に対しての一番の関心でしょ?だから、千石さん、俺と恋愛しましょう。」
さらっと言われた言葉は考えてみると結構、大変なものだった。
思わずその場のノリで“うん、しよう!”って言いかけちゃったよ。
真面目な顔した切原君と目が合った。
「・・・・どこからそんな突拍子もないアイデアがでてくるわけ?」
「これでも一生懸命考えた末の結論なんですけど。」
切原君は“ブゥー”と効果音がつきそうな、不満げな顔をした。
「まぁ・・・・君の頭で考えられたにしちゃ、良い考えなんじゃない?」
その顔が可愛くて、ちょっと笑ってしまう。
「褒めてるんすか?けなしてるんすか?・・・返答によっちゃ拳が飛ぶけど。」
「やれるもんならやってみればぁ?」
俺のこの可愛い顔に殴りかかれるもんならねぇ。と言う風に人差し指で頬っぺたを、とんとんと叩いてみた。
切原君がちっと舌打ちをした。
俺って愛されてるー。
「出来ないくせに、そういうこと言うんじゃないよ全く。・・・・ねぇ、一つだけ気になってるんだけどさ。」
「・・・・何すか。」
機嫌の悪そうな声が返ってくる。
「“俺と恋愛しましょう”って言ったけど、俺たちって付き合ってなかったんだ?」
「・・・・・・・は?」
目が点。
まぁ、当たり前の反応か。
訳の分かってない切原君に今度は俺が分かりやすく説明をする番だ。
「んだからさ、俺と切原君って、頻繁にこうやって2人っきりで会ってるでしょ?しかもたまにキスとかしちゃったりさ。」
ここまでしといて、お友達ってのもねぇ・・。
「だから・・・・・えっと・・・ちょい待って。いま整理してるから。」
本当に焦ってるらしい。
ブツブツ何か言いながら考え込んでる。
「ごゆっくりどーぞ。」
「・・・・え・・・えぇっ!!!俺たちって付き合ってたの!?え、いや、だってそんなこと一度も言って・・・・あれ?」
1分ぐらいたってやっと結論に辿り着いたみたいだった。
俺、ポテト全部食べちゃったよ。
「少なくとも、俺はずっとそう思ってたんだけどなぁ・・・・そっか、キミはそんなつもりじゃなかったんだ。フーン・・・切原君って付き合ってない人とあんなキスできるんだねぇ・・・・へぇ・・・知らなかった。」
面白いから、もうちょっと遊んじゃおう。
「あぁーっ!すんません!だって千石さんこそ、いつも彼女作ってたじゃないっすか!だから俺っ・・・。」
まぁ、以前、彼女いっぱい作ってたのは否定しないけどさ。
ま、俺にも否があったみたいだね。
俺は切原君を真っ直ぐ見て、言う。
「君と会うようになってからは、一度も女の子と付き合ったりしてないよ。・・・・言っておくけど、告白はいっぱいされたよ?でも振ったの。」
切原君はちょっと驚いたようで、でもすぐに笑顔になった。
「・・・・そ、そっか・・・・そうか。はは、何か俺、バカみたい。」
「ホントにね。で?」
話を戻そうか。と切り出す。
「・・・・・・で?」
「だから、これからどうするの?俺のこと、まともな人間にしてくれるんでしょ、キミの愛で。」
「・・・・・・・・もちろん。」
切原君は力強く頷いてくれた。
俺はそれが嬉しくって、自然と笑顔になるのが分かった。
「具体的に何してくれるのかなぁ、なんて。」
「具体的に・・・・?んと、いっぱい、話しましょ。俺、千石さんにいっぱい知ってもらいたいから色々話します、自分のこと。もちろん、千石さんも話してくれよな。ちょっとずつでいいから、さ。」
いっぱい話そう、か。いいじゃん。
「うん。他には?」
「あと、たまに・・・・触れ合いも・・・・」
今度は赤くなりながら小さな声で、言った。
「ま、たまにならね。」
あっさりと俺が返すと、切原君はえっ、と漏らした。
「いや、冗談だったんだけど・・・まぁ、良いや。」
それから色々これからの計画を話してもらった。
切原君は俺を変えてくれるだろう。
根拠はないけど、何となく、そう思った。
「俺、キミといればまともな人間になれそうかなぁ、って思うよ。」
店を出て何となくそう言うと、切原君が近寄ってきた。
寒さのせいなのか何なのか、顔が赤い。
「それで、とりあえず、なんっすけど。」
「んー?」
「まだ時間あるし、さ。」
「何々?」
「これから・・・手、繋いでデートとかどう・・・っすか?」
そう言いながら差し出された左手を見て、俺はあぁ、幸せだなぁとかバカみたいだけど、思った。
「・・・・・・いいね、それ賛成。」
俺は右手の手袋を外して鞄に突っ込んだ。
それから、しっかりと切原君が差し出した手袋を外した左手を握った。
ちょっと寒いけど、お互いの温もりが直に伝わってきて良い感じ。
「千石さん、改めて、おめでとうございます。生まれてきてくれて、ありがとう。」
前を向いたまま言われた言葉が、何よりも温かかった。
「・・・・・・どういたしまして。」
キミがいるだけであんなに嫌ってた誕生日も
悪くないんじゃないかって思えてくるから不思議だね。