泣こうが、喚こうが。
結局何の進展も無く、同じ場所に立ち尽くしてるだけ。
まぁ、別にそれはそれで構わないんだけどさ。
ちょっと虚しいっていうか、何ていうのか。
たったの一歩踏み出す勇気のない俺が情けないって言うのか。
とにかく、たまに泣きたくなるから手におえない。
この感情は全て、あの人によって動かされてる。
もうずっと長い事。
俺はあの人に恋してる。
それを知ってか知らずか、あの人はいつも。
俺を試すような事ばかりする。
そんな事しなくたって、いいのに。
・・・・・なんて、言えるわけが無く。
俺は今日もあの人に試されてる。
泣けちゃうくらい、愛しくて。
「生まれてこなきゃ良かったんだよね、キミ。」
誕生日って何のためにあるんだ?
生まれてきた事を祝うためだろ?
じゃあ、何で。
何で俺は今、こんな風に絶望のどん底に突き落とされるような言葉を言われてるんだろう?
それも、よりにもよってこの人に。
「ど・・・・どういうことっすか・・・・千石さん。」
何とか反論をしてみるが、ショックが強すぎて、声が震えた。
って言うかコレ何?
昼ドラ?
こんなセリフ、あの、ぐちゃぐちゃドロドロしたドラマぐらいでしか聞いた事無い。
「言葉のままだよ。ホント、そのまんま。分からない?」
千石さんが見たこと無いぐらい綺麗に笑って言う。
「キミってホント、バカで可愛いよね。」
オマケにとどめまで刺された。
何でこの人は、こんなに楽しそうなんだろ。
読めない・・。
今まで、何度も試されて、試されて。
それでも何とか切り抜けてきたけど。
今回は何も読めない。
この人の意図が全くわからない。
俺の思考回路じゃ追いつけない範囲なんだろうか・・・。
「・・・・つまりは、俺に死ね、と?」
生まれてこなきゃ良かった=ウザイから消えうせろ?
ち、違うだろ・・・・・多分。
ってかそう願いたい。
でも、他に何も思いつかないし。
何よりも今は頭が全然働いてくれない。
最初のダメージが強すぎた。
俺はめまいが起こったような、そんな気分になって、その場にしゃがみ込む。
もう何も考えたくなくて、目を閉じた。
「・・・・もし、オレがそうだって言ったら。切原君はどうする気なの。」
千石さんがさっきまでよりトーンの落ちた声でゆっくりと言う。
悲しい、そんな感じのする声だった。
でも、俺は何も言えずに、その言葉を聞いていた。
「切原君。そのままでいいから聞いて。オレね、キミの事好きだよ。でも、恐いんだ。
裏切られたら、とかそんなことばっかり考えちゃう。」
千石さんが俺の前にしゃがみ込むのが分かった。
そして、その後俺の頬を両手でさわった。
「あんなこと言うつもりじゃなかったんだ。ただ、こんな想いをするぐらいなら、って思ったら・・・つい。」
それっきり千石さんが黙り込んだ。
「俺が居なくなれば良いって・・・・?」
俺は目を開けて千石さんを見た。
その表情は泣きそうに歪められていて、ちょっときっかけがあれば涙が零れてしまいそうに見えた。
「・・・・・ゴメンね。ホントにゴメンね。切原君が居なきゃ、オレ何にも出来ないのに。
君が居なくなるなんて、考えられないよ。」
千石さんの声がだんだん震えてくる。
さっきまでの態度とは正反対だ。
何を考えてるんだろう、この人は。
あれだけ俺のこと突き落としておいて、今は縋ってきて。
冗談じゃねーよ。
ふざけんな。
・・・・・・って思ってたのに。
怒りとか、憎しみとか、色々あったのに。
何で俺はこの人を抱きしめちゃってんだろ。
「切原・・・君?」
気がついたら手を伸ばしていた。
ありったけの力をこめて、でもきつくないように、泣いている千石さんを抱きしめた。
「あーあ、何やってんだろ俺。せっかくの誕生日だってのに、さ。」
俺は千石さんの涙を指でぬぐった。
だけど、次から次からそれは溢れてきて、キリが無かった。
そんな時ふと、思いついた。
チャンスかもしれないって。
「・・・・アンタが泣いてる意味がわからない。俺に言った事を悔いてるんなら、もういいから。
それとも何?アンタ、俺のいない未来でも勝手に想像して恐くなって泣いてるとか?」
千石さんの体が一瞬ビクッと震えた。
ビンゴ、だな。
「どうせ、そんなことだろうと思ったぜ。ハン、悪いけど俺、アンタの言いなりになるつもりなんてこれっぽっちも無いから。それに、そんな事するぐらいなら・・・」
そんな事するぐらいなら、俺は。
・・・・俺が。
「あんたを殺してやるよ。」
千石さんがハッと顔を上げる。
「悪いけど、俺はもうここに生まれてきてるから。今更全部消し去る事なんか出来ないし、
でも、アンタは俺が居るのがつらいんだろ?だったら簡単な事じゃん。」
「・・・・オレが消えればいい・・・?」
小さく千石さんが呟いた。
ホントはこんなこと言いたいんじゃないけど、今は仕方が無い。
「そうだよ。それでいいだろ?」
「そ・・・っか。そうだよね。」
千石さんが涙を拭いて、頷いた。
・・・・・俺的に納得されちゃあ困るんだけど。
ホントにこの人は・・・。
「でも、一つだけ困った事になるんだよな、そうなると。」
俺は千石さんを見た。
千石さんの綺麗な目に、俺の姿が映ってる。
「・・・・・俺、あんた居ないと生きてけ無いから。どうしたら良いと思う?」
千石さんが不思議そうにこちらを見る。
答えが見つからないって顔だ。
まぁ良い、本題はここからだし。
「・・・決めた。俺、あんたに貰いたいものがあるんだけど。良いよね、誕生日だし。」
「何・・・?」
俺はもう一度千石さんをぎゅっと抱きしめた。
「千石さんが欲しい。全部、欲しい。」
千石さんが驚いた顔をして俺を見た。
俺はちょっとだけ笑って、今度は千石さんの耳元で言葉を続ける。
「そんでもう一つ、決めたんだけど。」
千石さんが静かに俺の言葉を待つ。
本当ならいつもこと言わないけど。
言えないけど。
「ちょい早いけど、千石さんへの誕生日プレゼント。」
もう、今言わないと永遠にこのままだと思うから。
勇気を振り絞って言うから。
ちゃんと聞いておけよ。
「・・・・俺を全部あげる。そんなに恐いんだったら、全部あんたのものにしちゃえば良いだろ?」
多分、こうするしかないってずっと思ってた。
俺は、また涙を流し始めた千石さんに軽く口付ける。
そして、もう一度真っ直ぐにその顔を見つめた。
「他の誰のものでもない。俺は、あんたのものになってやるよ。それで安心する?」
それであんたが安心できるなら。
俺は喜んで、すべてを捧げよう。
「・・・・ホント・・・に?」
この問いに返す言葉は一つだけだ。
「あぁ、誓うよ。」
そもそも、誕生日ってこんな誓いをする日だったか?
まぁ、この人と過ごしてきて、まともに過ごせた日なんて、これっぽっちもありゃしないけどさ。
9月25日。
俺は何とか一つ大人になったみたいだ。
最愛の人に言われた史上最悪な言葉は、あの人なりの愛の言葉で。
俺は、まんまとそれにはまっちゃったわけだけど。
まぁ、いっか。
今、この腕の中にこの人がいることが真実。
この温かさが幸せ。
そう、信じる事にした。
あぁ、なんて長い一日だったんだろう。
疲れと、嬉しさと、安堵と、その他諸々からか、涙が出てきた。
いや、この涙は・・・。
募り積もった『愛しさ』かな。