「丸井先輩、卒業おめでとうございますっ!」

「おーありがとな、赤也。」

中学最後の日、何だかやっぱり名残惜しくてダラダラとテニスコートに皆で集まっていた。

「このあとどっか行きませんか?」

「んー?あ、ちょっとタンマ。メール来た。」

ポケットから携帯を取り出し、受信ボックスを開く。

「わりぃ、やっぱ行けないわ、俺。」

パタンと閉じた携帯を見つめる。

「そっすか、ま、別に永遠の別れって訳でもないし、また近いうちにどっかいきましょーよ。」

赤也が少し残念そうに笑った。

「ホント、わりぃ。また連絡するから。じゃ、行くわ。」


テニスコートを離れ、校門を走り抜け大通りまで全速力。


『バス停着いたよー(*^^*)』

別に約束なんてしてなかったけど、そう書かれたら行くしかない。


「芥川っ!!」


バス停に寄っかかってどこか遠くを見ていた芥川が、こちらに気付いて大きく手を振る。


「丸井くん!」


付き合い始めて1年半。


こうやって出迎えられるのは今日が初めてだった。






「丸井くん、卒業おめでと。」


「あぁ、芥川も、おめで、とう。」


とりあえずバス停のベンチに座り、俺は息を整えていた。

芥川も俺の背中を擦りながら少し距離を開けて座った。


「ゴメンね急に来ちゃって。」


「いや、別に良いけど・・・何?」


訊いてから、しまった、と思った。

芥川の表情が一瞬曇る。


「・・ごめん、意地悪だったな、こんな訊き方。」


何と無く気が付いていた。

今日は多分その日だろうって。




芥川はいつも待ち合わせに遅れてくる。

大抵寝過ごしたとかそんな理由。

そうじゃなかったとしても、待ち合わせ場所で寝てる。

だから、今日みたいにきちんと起きて待っていてくれたのは奇跡に近い。


だから今日は特別な日だって、そう思う。


「オレたちもそろそろ卒業しなくちゃ、って思って。」


芥川がニコリと笑って言った。


「あぁ、そうかもな。」


「オレたち、付き合おうって言ってから段々窮屈になっちゃった、よね。」


「うん、だな。」


「恋人って枠に上手くハマれなかったみたい。」


「俺も。」


芥川がそっと俺の手に触れた。


ゆっくりと視線が絡み合う。


「恋人って好きなだけじゃ駄目なんだよね。もっといっぱい考えなきゃいけないことだらけ。」


芥川がフッと下を向く。

そして、ギュ、と優しく手を握られた。


「オレはキミを好きなだけでいたいのに。」


俺もそっと手を握り返した。

芥川が顔を上げる。


相変わらず笑ってはいたが、その瞳からは涙がとめどなく流れていた。


「キミに、オレを好きなだけでいて欲しかった。」


さっきからジンジンと頭が痛んで仕方がない。

きっと久しぶりに涙なんか流してるせいだ。


「芥川、俺ら・・もうきっと友達には戻れないよな。」


「そうだね。」


芥川が俺の背中に両手を回してくる。

俺はその身体を抱き寄せた。


「だって友達って言うには、好きになり過ぎちゃったもん。」


芥川が俺の肩に額を押し当てる。


そのせいで表情は見えない。


「・・・でも、恋人、は終りにするんだよな?」


「そう、だね?」


じゃあ一体俺らはどうすれば良いんだろう、とは不思議だけど、思わなかった。

それどころか、何かずっと引っ掛かってたものがストン、と落ち着いた気がしたくらいだった。


「芥川。」


ふっと身体を離した時、芥川はもう泣いてなかった。

にっこりと俺の大好きな笑顔を浮かべて立ち上がる。

「次のバス、乗るから。」

「そっか。」


俺も立ち上がって笑顔を返す。

バスが近付いてきているのが見えた。


「バス、寝過ごすなよ?」

「えへへ、もう大丈夫だCー・・・うん、大丈夫だから。」


そう、呟くように言った芥川はちょっと大人びて見えた。


小さく鳴らされたクラクションが終りの時間が来たことを知らせる。


「多分、きっとまたすぐ会うだろうけど・・サヨナラ、ブン太。」


ドアが開く。


「あぁ、サヨナラ、慈郎。」


最後に小さく手を振って、芥川の姿は閉められたドアで見えなくなった。




サヨナラ、だけど別れじゃない。


俺らの卒業式は今終わった。


もう少し、ここに居よう。

あのバスが見えなくなるまで。






あと少し。