「ねぇ、どうして夢って目が覚めると忘れちゃうのかなぁ。」
それも良い夢ばっかり。と小さく溜め息を洩らしたオレンジ頭に目をやる。
あぁ、またいつもの訳の分からない話が始まった。
千石が情緒不安定な時はいつもこう、だ。
そうなるとこの先の展開が自ずと思い遣られてくる。
跡部は眉をひそめ、密かに溜め息をついた。
「・・ねぇ、キミに聞いてるんだけど。」
千石が急に立ち止まる。
反応がなかったことがいけなかったのか、その表情からは不満が滲み出ていた。
その姿に、再び溜め息をつく。
どうしたもんかな、コレ、は。
先の展開は読めていても、対策まではそうそう簡単に思い付くものではない。
でもまぁとにかく、公道の真ん中で立ち止まられては迷惑だろうと、まだ拗ねたままの腕を掴み小さな公園に連れて入った。
手頃なベンチに狙いをつけ、ドカッと腰掛ける。
勢いで腕も引っ張られ、結果的に二人一緒に座るかたちになった。
「んで、今日は俺様に何の講義をして欲しいんだ?千石。」
わざとらしく掛けられた言葉に、千石は掴まれていた腕を振り払って睨みを返した。
「跡部くんには、オレの気持なんか分からないんだっ!」
「は?んなの当たり前だろうが、俺はお前じゃないんだから。」
思わずそう返してから、自分の失態に気付く。
俺様としたことが・・逆撫でしてどうすんだよ。
「って・・泣かなくても良いだろ、おい。」
「うるさい、泣いてないよっ・・!!」
ボロボロと次から次へと溢れ出る涙に、さすがの跡部も狼狽える。
千石は視線をそらすように俯いて、勢いで出てきてしまった涙を拭った。
「跡部くんは夢にみるほどの願いなんてないんだろ。なんだって手に入れちゃうから。」
「千石・・。」
「叶わないことなんて、ないんだもんね。」
自分勝手な言い分だと言うことを、千石自身ちゃんと分かっていた。
けれど、溢れ出してしまったものを押さえきる術が分からなかった。
跡部もまた、千石が本気で言っている訳じゃないことぐらい、お見通しだった。
だから、どうすれば良いのかと言うことを慎重に考えていた。
どうすればこいつの不安を取り除いてやれるんだろうか。
そればかりで頭が一杯だった。
フゥ、と一息ついて口を開く。
「・・一体、どんな夢を見たのかはしらねぇが・・・なぜお前はそれを夢だと決めつける?」
「どういうこと?」
「だから、どうしてそれを絶対叶わない夢だと決めつけるんだって言ってんだよ。」
跡部がフッと笑った。
千石はその表情に目を奪われたように、ただ静かに次の言葉を待つ。
「叶えりゃいいじゃねーか。」
「・・え?」
思わぬセリフに目を丸くする千石。
ここまでくればもう、跡部の勝ち、だった。
畳み掛けるように言葉を続ける。
「人生なんて、生と死以外何が起こるかなんて決まっちゃいねぇだろ?」
「そ、だね。」
千石も、もう自分の負け、と言うことを認めていた。
素直に頷く。
「どーにでもできるんだよ、やろうと思えば。少なくとも、俺はそうやってきたつもりだ。」
「うん、跡部くん意外に努力家だもんね。」
「余計なことは良いんだよ・・・ま、だから、お前もその夢ってやつが現実になるようにすれば良いじゃねぇかってこと。」
分かったか?と言って笑ったその表情は多分、千石以外の誰も見たことがないだろう。
普段の跡部からは予想もつかないくらい、優しく、そして綺麗だった。
「・・成程。」
びっくりした表情で頷く千石。
それが全ての終りの合図だった。
今回も見事に勝利を勝ち取った跡部は、柄にもなくカミサマに祈りたい気分だった。
(もう二度とこんなことが起きませんように・・。)
「勘弁しろよ、毎回毎回お前は・・。」
これもまた恒例のお説教タイム。
さっきとはうってかわっての眉間に皺モードの跡部。
「・・ごめんなさい。」
千石もひたすら謝るだけ。
「んで、一体なんの夢見たんだよ。」
実はさっきから聞きたくて仕方がなかった質問をする跡部。
ビクッと体を震わせ、千石があらぬ方を向く。
「あ、いや。それはちょっと・・。」
「俺様には聞く権利があるだろーが。アーン?」
「う・・・そ、そうだ映画!!オレたち映画を観に行く途中だったよ、跡部くん!ほら行かないと、ね?」
そう言ってそそくさと立ち上がり、今度は千石が跡部の腕を掴み歩き出す。
「・・・ま、良いだろ。その代わり、後で覚悟しておけよ?」
「あ、ハハハ・・・。」
自業自得だとは思いつつも、引きつった笑いを浮かべるしかない千石だった。
(まさか、跡部くんがめちゃめちゃ笑顔で『愛してる』だなんて言うだけの夢だなんて・・・言えないよね・・。)