「こんな時間に悪かったな、ホンマ。」


俺の出したコーヒーを受け取りながら忍足さんが言う。


「いえ、起きてたから。忍足さんこそ、疲れてるんじゃないですか?」


俺の言葉に、コーヒーを一口飲んで、一息ついてから小さく笑った。


「もう、慣れたなぁ。疲れたとか思ってたらキリがないしな。」


「そう、ですか。」


何となく沈黙。


お互い話したいことはひとつで。


なのになぜかどう話し始めたら良いのか分からない。


そんな感じだった。


まぁ、中学の頃なんて一度も話したことなかったんだから、仕方ないといえばそれまでだけど。


「忍足さん、ひとつ訊いても良いですか?」


「ん、えぇよ。何?」


「どうして、中学卒業して、急に大阪に帰ったんですか?」


あぁ、その話。という風に頷いて、忍足さんがひとつ小さく息を吐いた。


「俺が跡部とあの頃付き合い始めたんは、もちろん知っとるやんな?」


「はい。」


「その時すでに、岳人と付きあってたんも。」


「・・・はい。」


2人は傍から見ててもすごく仲が良いことがわかった。
だから、みんな何となく知ってたと思う。


だから、千石さんから跡部さんと忍足さんのことを聞いて驚いた。


まさか、忍足さんが向日さんから離れるなんて思いもしなかったから。



「こんなこと、言っても信じてもらえんかも知れんけど、俺はそれでも岳人のこと愛しとった。もちろん、跡部は何よりも一番やった。何かを犠牲にしてでも手に入れたかったほど、な。」


犠牲。


それは、自分自身のことなのだろうか、それとも。


「千石にはホンマ悪いことしてもうた。ずっと気にはなってたんや。跡部と俺がああいうことになったんも、千石が跡部から離れたのがきっかけやったからな。」


やっぱり。


千石さん、か。


「俺らは、いや、俺は傷つけすぎた。岳人も千石も。岳人には二度と目の前に現れるなって言われてもうたんや。」


「じゃあ、それで?」


「いや、それはきっかけに過ぎんかった。ただ、逃げ出したくて仕方がなかったんや、あの頃の俺は。」


弱むしやったんや、と力なく微笑んで忍足さんがまた一口コーヒーを飲む。


「それから跡部さんとは?」


「会ってへん。高校時代はまぁ、たまに電話とかで話はしてたんやけど、最近はそれもなくなった。やから、東京に帰ってきたこともまだ言ってへん。」


「・・・・そうですか。」


俺はてっきりまだ二人の関係は続いてるんだと思ってた。


何となく、だけど。


「切原は、いつ?」


「千石さんが高校卒業する直前です。ちなみに、俺が振りました。」


忍足さんが驚いたように目を丸くして、こっちを見た。


「そうなん?こんなこと言ったらアレやけど、てっきり千石が・・」


「俺千石さんのこと大好きでしたからね。今思い出しても怖いくらい依存してたから。」


「そやったら、どうして?」


どうして、か。


そんなの、


「俺が知りたいですよ。だけど、あのときはもう駄目だと思ったんです。これ以上一緒にいたら駄目にしちゃうって。あの人を、俺が、壊してしまうかもしれない、って。
そう、思ったんです。」


「・・・そーか。」


「馬鹿みたいに好きで。跡部さんがいるの分かってたのにずっと追いかけて、ちょっかい掛けて。やっと俺の方向いてくれたのに、嬉しかったはずなのに。」





『切原くん、こんな俺でもいいの?俺、ずるい奴だよ?』




あの人が俺のこと少しでも好きになってくれてるって分かった瞬間に。




「一瞬にして、怖くなったんです。あぁ、もうこれ以上無理かもしれないって。はじめからずっと思ってた。いつかは前に進めなくなるだろうって。だから、俺がブレーキをかけたんです、それに千石さんが気付いてしまう前に。」




めちゃくちゃに傷つけて、俺との事なんて嫌な思い出として忘れてしまえばいいと思った。



愛されてなかった?



そんなはずない。



あの人はいつだって俺のこと愛してくれてた。



だから。終わらせなきゃって、思った。



「きっと、根本的に俺たちは間違ってたんです。忍足さんと向日さんとのことも、跡部さんと千石さんのことも。
そして、俺も。みんな色んなことを見ない振りしてきた。本当はきちんと終わらせなきゃいけなかったのに。じゃないと、いつまでたっても前に進めない。
今の、俺達みたいに。」



「俺もアホみたいやけど、やっと気がついたんや。このまま逃げるわけにはいかん、って。
なんでこんな簡単なこと、今まで気がつかんかったんやろな。俺ら。」



ここまで来るのに時間はかかったけど、でもそれはやっぱり必要な時間だったんだって俺は思う。



きっと、あの頃の俺じゃ傷つけるだけで終わってしまったから。



だから、今ならできる気がする。



「俺、結婚式出ないつもりだったんです。だけど、やっぱり行こうかなって。ちゃんとあの人の顔見て、おめでとうって言ってあげたい。
俺、やっぱり千石さんのこと好きだから。もうきっとあの頃みたいな好き、じゃないと思うけど、すごく大切な人には変わりないから。」



「えぇんやない?それが切原の答えなんやったら、それでいいと思う。」



忍足さんが静かにそう答えてくれた。



瞬間、もやもやしてたものが消えた。



あぁ、そっか。俺はずっと待ってたのかもしれない。



「忍足さんに会えてよかった。俺きっと誰かにそう言って欲しかったんだと思います。ずっと迷ってたから。」



そして、この人も。



「俺もや、切原。俺も、頑張ってみようと思う。岳人には一生嫌われ続けるかもしれへんけど、それでも俺はやっぱりあいつのこと大切や。恋とか愛とかそんなもん関係なく、な。」



きっと、みんな。



「跡部に、会いたい。今更やけど、ホントに俺あいつに惚れてんのやって、思う。」



「会いに、行ったらいいと思います。せっかく千石さんがみんなにきっかけを作ってくれたんだから。」



とらわれ続けてた過去から、抜け出す出口が欲しかった。



みんなただ、好きな人と一緒にいたいだけだった。



それを悲しい思い出のままで終わらせたく、なかった。














ねぇ、千石さん。



俺、やっと見つけたような気がするよ。



馬鹿みたいに時間はかかっちゃったけどさ。



聞いてほしいんだ俺の答え。



そして、きちんと終わらせよう?



そしたらもう、夢の中であんたを失わなくてすむから。



こんどは笑顔で、終わりを迎えられるはずだから。