ゆっくりと目を開けて視界に入った、見慣れた自室の天井が夢の終わりを告げる。


こうやって何度も何度も同じ夢を見て。


俺はそのたびにあの人を失う。


泣きじゃくるあの人を振り切るように、背を向けて立ち去ったあの日。


もう、はっきりといつだったかなんて思い出せないくらい不確かで曖昧な記憶。


後悔なんか死ぬほどしてる。


今でも泣けてしまうほどに、苦しい。


何が“忘れて”だ。


未練たらたらじゃねーかよ、俺。








ふぅっと深く息を吐き出した。



ふと一枚のハガキが記憶によぎる。


ろくに目も通さずに送り返してしまったけど。


自分でもひどいことをしたと思う。



・・・あんなこと、書かなきゃ良かった。



ただ、欠席に丸をつけて、それでおしまい。


そうすればよかったのに。


それすら出来なかった。


でも、どうしたらよかったんだろう。





あの日からずっとずっと、正しい答えを捜し求めているのに。



何が正解なのか、分からないままだ。



だから、駄目なんだよ、俺は。




あの人はもう、新たな一歩を踏み出そうとしているというのに。


俺だけはまだ囚われつづけているだなんて、カッコ悪くてまた、泣けてくる。






「あー、テニスしてぇ。」


わざと大声で呟いてみるが返事があるはずも無く、余計に寂しくなった。


まぁ、返事があったところでこんな夜中じゃテニスなんて出来るはずも無いけれど。


それでも、じっとしていられなかった。


静かな時間はただ余計なことばかりを思い出させてくれる、厄介なものでしかない。


ジョギングにでも行こうかとベッドを降りた時、テーブルの上の携帯が着信があったのを知らせていることに気がついた。


もしかして、と確認してみるとやっぱり思ったとおりの人からだった。


もう一度ベッドに寝転がる。


通話ボタンを押した。




『・・・はい』


「忍足さんですよね?」


『あぁ、やっぱり切原やったんか。知らん番号から掛かってきてたからそうやないかと思って掛けなおしてみたんや。』


「すいません、寝てたので。」


『いや、こっちこそこんな時間に掛けなおさせて悪かったな。』


「仕事おわったんですか?」


『あぁ、まぁ、終わったって事は無いけど。1段落ついたって感じやな。久々に休みもらえたんや。切原は明日、仕事は?』


チラリとテーブルの上のカレンダーに目をやる。


「昼からありますね、残念ながら。」


『そっか、どないするかなぁ。・・・あー無理やったらええんやけど、今からとか会われへん?』


思わぬ誘いに一瞬戸惑う、けど答えは決まっていた。


「いいですよ。ちょうど目が冴えてて困ってたとこなんで。どこにします?」


『せやな・・・俺今病院でた所なんやけど。』


「あ、じゃあ家近いんで家に来ます?」


『・・・分かった。場所教えてや。』





家の目印をいくつか告げて、電話を切る。


どうしてここまでして、あの人は俺と話がしたいんだろう、とは思わなかった。


多分俺が今思っていることと同じなんだろう。


だから今日、病院で見かけた時咄嗟に声をかけてしまったんだ。


俺もあの人に聞きたいことがたくさんある。


いや、もしかしたらただ、話しを聴いて欲しいだけなのかもしれない。







ピンポーンと来客を告げるチャイムが鳴り響く。


俺はベッドを降りて、玄関へと向かった。