今日の夢見は最悪だった。


昔の事を夢に見るにしたって、何でわざわざあの時がでてくるかな。


もっと他に良い思い出があるはずなのに。


ホント、最悪。


久々に、跡部と話したせいなのか。


それとも、千石の送ってきたハガキのせいなのか。


はたまた、単に俺が思い出したかっただけなのか。


もう、どれもこれも全てが元凶のような気分にまでなってくる。


・・・・・・・頭痛てぇ。


「先生?岳人せんせ?」


「んー。」


声のほうを振り返ると、教え子の律朗が心配そうな顔でたっていた。


「大丈夫かよ。顔色真っ青だぜ?」


「ん、平気。ちょい立ちくらみ?」


平気、平気。と手をヒラヒラ振って見せた。


それでも律朗は心配顔をやめない。


生徒に心配させてどうする、俺。


「部活、今の所ランニングだし、しばらく座って休んどいたら?ってか休めよ。」


「・・・んじゃ、そうさせてもらうわ。わりぃな。」


「・・・・べ、別に俺は何も・・。」


律朗が顔を真っ赤にして言う。


俺はその頭をポンと軽く叩いてベンチに座った。


相変わらず背の低い俺が背の高い律朗に触るにはかなり背伸びしなきゃならなかった。


ちょい、悔しいかも。


こいつ、中坊のくせに、背高すぎなんだよな。


どこかの誰かさんを思い出す。


「・・・そういえば、律朗、お前ランニングはどうしたんだよ。」


かなりの量あるランニングを、この時間で終わらせるのは不可能なはずだ。


まぁ、俺がそうさせてんだけど。


律朗が驚いた顔をしてこっちを振り返った。


「な、なんだよ。」


「やっぱり、今日、帰ったほうが良くない?俺、部活始まる前に言ったよな、膝の調子が悪いからって。」


「言ったっけ・・・?」


あぁ、だから今こいつ、ラケットもって素振りとかしてたんだ・・・。


律朗が大きなため息をついた。


「言ったよ。そしたらせんせ、『おう分かった。』って言ったじゃん。」


ヤバイ、覚えがない・・。


「そ、そうだったっけなぁ。」


律朗が眉間にシワを寄せて俺を見る。


「・・・・帰れよ。やる気無いんならさ。」


本気で怒ってるな・・・謝んないと・・・。


「悪い、そういうつもりじゃな・・・・・いんだけ・・・ど。」


あれ、地面がぐらぐら揺れてるんだけど・・・地震?


「ちょっ・・・せんせ大丈夫か?」


律朗が、二人いる・・・?


「おいっ・・・・マジかよっ!!岳人せんせ!」


声が・・・遠く・・。


「先生!!」





























嫌だ・・・目を閉じたくない。


恐いんだ。


また、あの夢を見てしまいそうで。


もう、あんな事思い出したくないんだよ。


あんな幸せ、どうせ、崩れてしまうって分かってるのに。


俺はいつだって、笑って。


さも幸せだったかのように笑って。


バカみたいだ。


あんなのニセモノなのに。


ホント、バカみたいだ。







だから、誰か。


俺を今すぐ連れ戻して。


あんな夢のような出来事から。


俺を、助けて・・・。







































「・・・が・・と・・・・岳人。」


誰かが俺のことを呼んでる。


「目、覚ませよ。」


左手を強く握られた。


そこから心地よい温かさが伝わってくる。


「・・・だ・・れ?」


目を開けると真っ白い天井が見えた。


俺はさっき握られた左手の方を見る。


「・・・律朗。」


律朗が静かにこっちを見ていた。


その姿がなんだかとても、大人びて見えた。


「・・・・まったく。生徒に保健室まで運んでもらう教師がどこにいるんですかね。」


聞こえてきた声は保険医の芹澤先生のものだった。


「・・・・スイマセン。」


呆れ顔でこっちを見ている。


「ほんとだよ。もーマジでビックリしたんだからなぁ。」


律朗がさっと俺の左手を放して言った。


その表情はいつもと同じものだった。


さっきのは、俺の見間違いか・・・・。


「ところで近藤くん、僕もう帰りたいんだよねぇ。とっくに勤務時間過ぎてるし。」


「あ、ほんとだ。もうこんな時間じゃん。ごめんね、芹澤先生。」


「いや、いいんだよ。で、悪いんだけど向日先生のこと頼めるかなぁ。向日先生、今日お車ですか?」


急に話題を振られて少し焦る。


「・・・あ、いや。今日は電車・・・です。」


俺が体を起こしながら言うと、芹澤先生が嬉しそうに笑った。


「なら、いいですね。近藤くん、途中まで一緒に帰ってあげて。一人で帰ってまたどこかで倒れられても困るからね。」


「あ、いえ・・・俺は別に一人でも・・・。」


「近藤くん、キミも用意してきたらどう?さすがにジャージじゃ帰れないでしょ。」


「分かりました。じゃあ、俺着替えてきます。せんせ、おとなしく待っててよ!」


俺の反論も虚しくスルーされ、いつの間にやら2人で話がまとまってしまった。


「・・・近藤くん、あなたの事ここまで運んできて、ずっと側についててくれたんですよ。あとでジュースでも奢ってあげたらどうですか?」


「はぁ・・・そうします。」


そう言えば・・。


「あの、芹澤先生。」


「なんですか?」


「誰か、俺の事呼んで無かったですか?」


芹澤先生が不審そうに眉を寄せた。


「・・・誰かって、僕は呼んでないですよ。」


「ってことは・・・・律朗?」


「だと思いますけど。僕、しばらく職員室に行ってたので分かりかねますけどね。」


あれは、律朗?


でも・・・・岳人って・・・・呼んでたよな。


「・・・あまり、無理をしないようにして下さいよ。ただでさえ、テニス部は忙しくて、大変なんですから。」


「あ、はい・・・気をつけます。」


しばらく沈黙が続いたあと、芹澤先生が帰り支度をしながらふっと笑った。


「お迎えが来たみたいですよ。」


廊下をパタパタと走る音が近づいてくる。


窓の外を見ると、もう、星が出ていた。