「景吾さま。」
急に声をかけられて浅い眠りから目を覚ます。
「・・・・あぁ、何だ?」
座っていたテラスのチェアーの横に見慣れた使用人が立っていた。
「先程からお電話が鳴っておりますが。」
「あぁ、悪い。」
使用人から携帯を受け取り、ボタンを押す。
『・・・・ようっ跡部!元気か?』
「・・・・向日か。」
相変わらずのテンションの高さに少し頭痛を覚えた。
『何だよ、そのくらい感じは。俺じゃあ不服だったってワケかよ。』
「もうちょっと音量を下げろ。頭に響く。」
『・・・・分かったよ。お前、マジで体調悪そうだな。』
大きさの下げられた声の中に、少しだけ大人らしい、低い響きを感じる。
あの頃とは変わっている。
当たり前の事だが、やはり少し驚きを感じる。
「いや、昨日遅くこっちに帰ってきたばかりで時差ぼけだ。」
『うわ、マジで。タイミング悪い時に電話しちゃったな。わりぃ。』
「いや、基本的にはヒマだったから、問題ない。何か用か?」
『あぁ、うん。ほら、ハガキ、届いた?』
「ハガキ?・・・・あぁ。」
ちらっと目線だけでテーブルの上を確認する。
一枚の往復はがきが置かれていた。
「昨日、見た。」
『お前、行くの?』
向日の声がこちらを窺うような声音になる。
おそらく、気にしてくれているのだろう。
一体、何年前の話だと思っているのだろうか。
「いや、この日は出張でこっちにいないからな。残念だが、欠席させてもらう。」
『・・・そっか。いや、さ。何かこういうのって一人だったら嫌だろ?だから、いろいろ聞いてみてるんだけど。そっか、残念だったな。』
「他のやつらはどうなんだ?」
『んー、宍戸と鳳は行くっつってた。あと、若は今ちょっと忙しそうだから連絡できてない。ジローもそう。あ、樺地は奥さん連れて行くってさ。いいよなぁ。』
明らかに意図的に一人の名前が抜かされていた。
昔の向日ならば真っ先にだしたであろう、名前を。
「忍足は、何て?」
『・・・・あいつは、もう連絡とってないから。悪いけど、跡部聞いておいてくれる?んで、もし来るって言ってたら、連絡くれよ。』
向日が感情を押し殺したような声で言う。
「あいつが来たら、行かないのか?」
『あーうん。まぁ、まだ決めてないけど、多分な。やっぱ気まずいし。でも、多分あいつ、来ないだろ。』
「何でそう思う?」
『んー、お前が来ないからじゃねーの?』
この話題はもういいじゃん、と向日はちいさく呟いた。
「・・・・そうか。」
『ま、とにかくめでたい事だし、お祝いぐらい言ってやれよ?行けないにしてもさ。』
「そうだな。そうする。」
『あーあ、また一人抜かされちゃったなぁ。俺も早く幸せになりたいよなぁ。』
向日の言葉が俺の心を揺れ動かす。
何に動揺してるんだ、俺は。
「お前の結婚式は必ず出席してやるよ。」
『そりゃどーも、有難うございます。』
向日が電話の向こうで笑っているのが分かる。
その声が少し、懐かしかった。
『んじゃ、急に悪かったな。体調、気をつけろよ。』
「あぁ、分かってる。お前もな。」
『じゃ、また。』
「あぁ。またな。」
向日が切ったあともしばらく、携帯を持ったまま電子音を聞いていた。
懐かしいという感情と、そうじゃない、何か複雑な感情が入り混じっていた。
どれもこれも、あの変な夢のせいだ。
そしておそらくその夢を見た原因は、このハガキだろう。
らしくないな。
これぐらいのことで動揺するなんて、らしくない。
今まで一度も自分の通ってきた道を後悔した事なんて無い。
自分が信じて、進んできたのだから、後悔なんてあるはずが無い。
そうやって自分を納得させてきた。
なのに、どうして今頃、あの頃を思い出す?
一体あの頃が何だって言うんだ。
あぁもう、本当にらしくない。
立ち上がってハガキを手に取る。
そして、部屋に戻りペンを持つ。
勢いよく、欠席の欄に丸をつけた。
携帯をいじり、かなりあるメモリの中から一つの名前を探し出す。
そのまま、通話ボタンを押した。
4度目のコールのあと、相手が出る。
『・・・久しぶり、跡部くん。』
「・・・・過去を清算しに行きてーんだけど。今、ヒマか?」
誤魔化しなどせず、ストレートに伝えた。
相手は一瞬黙り込んで、ひとつ深呼吸をした。
『うん、いいよ。待ってる。』
断ち切れない思いがあるなら、今断ち切れば良い。
俺はいつだってそうしてきた。
後悔なんてするだけ時間の無駄だ。
そうだろ?