どれくらいの時間が経ったのだろうか。
それも分からないぐらい、俺は彷徨い続けていた。
吐く息が白い。
昨日降った雪が未だ残る街は、まるで白一色しか存在しない世界みたいだった。
いっそこのまま、全てを呑み込んでしまえば良いのに
。
「山崎さん。」
「うわっ・・・っと、くん。」
くんは真っ白なマフラーを巻いて、後ろに立っていた。
もともと肌の白い彼にそのマフラーはとても似合っていた。
俺は、その姿が何だか目の前の景色から抜け出てきたみたいに見えて、しばらく見とれてしまう。
しかし、全く気配を感じなかったぞ・・・。
「相変わらず忍者みたいな現れ方するね、キミ。」
俺の言葉にくんは思いっきり眉をひそめ、不快をあらわにした。
こっちも相変わらず正直な反応・・・。
「いつものこともそうだけど・・・・今日は特にアンタがボーっとしてたからだと思う。」
寒いのだろう、手に白い息を吹き掛けながら、くんが言った。
「そうだね。そうかもしれないな、うん。」
「・・・・寒い。山崎さん、今日ヒマなの?」
くんらしい、突然の話題転換。
もう慣れっこだけど。
と言うか、思ってみたらくんからこんなに話し掛けられるのって・・・初めてな気がする。
「・・・どうなの。」
感動に浸っていたから、答えられなかったのもある。
でも、正直何ていえば良いのか迷っていた。
まさか、逃げてきました・・・なんて言える訳ないし。
「・・うん。今日は非番。やる事もないし、散歩してたところ。」
仕方なく、嘘を吐いた。
すると、くんが少し考える仕種を見せる。
「くん?」
「じゃあ、さ。ちょっと付き合ってくれない?お茶ぐらい出すから。」
今日は何だか不思議な日だ。
くんに誘われるなんて、普段じゃ考えられないことだ・・。
「・・だめ、かな。」
めずらしく不安げな表情のくんをみて、断れる人がいたら見てみたい。
「駄目じゃないよ。付き合うって、キミの店?」
俺が笑顔で言うと、くんが嬉しそうに微笑んだ。
いつもが冷めてる分、こういう所を見ると何だか幼く感じる。
「新作をね、味見してほしいんだ。山崎さん、甘味は大丈夫だったよね?」
くんが歩きだした。
俺もそのあとにつづく。
「くんが作る甘味だったら、いくらでも食べれるよ。おいしいし。」
突然、くんが立ち止まった。
俺、何かまずい事言っただろうか。
心が焦りだす。
くんが振り返った。
その表情を見て、俺の心はさらに焦りを増す。
「・・・山崎さん。」
見たことのない、悲しげな表情。
「今日、どうしたの?何か、ヘンだよ。」
「ヘン・・・って、どこ・・が?」
声がかすれて出ない。
真っすぐに見つめられている、くんの瞳に全てを見透かされている気がした。
「笑顔が嘘っぽい。言葉に感情がない。それに・・・ヒマだからってこんな日に散歩なんかしないよ。・・・あんな長い時間。」
くんの言葉は正直で、ストレートに心に入ってくる。
「長い時間って、いつから見てた?」
「・・・気付かなかった?アンタうちの店の前何度も通り過ぎてた。」
あてもなく彷徨ってたのがマズかったか。
無意識のうちに同じ道を通ってたんだな。
「そっか、そっか。」
自分の行動のおかしさに、今更ながら笑えてくる。
そこでふと気が付いた。
ってことは・・くんと俺が出会ったのは、偶然じゃない?
「もしかしてくん、追っ掛けてきたの?」
そう聞いたとたん、くんがまた歩きだした。
俺は慌てて付いていく。
「死ぬのかと思った。」
唐突にくんが言った。
「それぐらいヤバイ顔してたから・・・・」
だから・・・と口籠もったきりくんは黙ってしまった。
死ぬ、か。
もしかしたら、心のどこかで考えてたのかもしれない。
「あ・・・。」
くんが小さく驚きの声をあげ、空を見上げる。
つられて俺も曇った空を見上げた。
「雪・・・だ。」
はらはらと白い粒が舞ってきた。
とたん、俺の頭のなかで何かが弾けた。
記憶が甦る。
感情が消えていく。