キミのためなら何だってできたんだよ
例えそれが俺にとって辛い選択でも
キミの側にいられるなら
何も恐いことなんて無かった
離れてる時間のほうがよっぽど恐かったよ
でも、キミはそんな事を許すような人じゃなかったんだよね
誰よりも優しいキミだから
最後まで俺の幸せだけを願っていてくれたんだ
楽になる方法なんてたくさんあるのに
「千石っ!!」
休み時間、廊下の窓からぼーっと外を見つめていると、南が血相をかえて走りよってきた。
「あーいっけないんだー。廊下は走っちゃ駄目なんだよー。」
俺のジョークにも顔色一つ変えない南に、ガシっと腕を捕まれる。
「どういうことだ。」
「んー?何が?」
南の顔が一層恐くなる。
ちょっとヤバイ、かな。
「はいはい、ごめんなさい。何だよ、もう聞いたんだ?」
観念しました、というように一つ大げさにため息を付く。
伴じいめ、口が軽い。
しばらく隠しておいてって言ったのに。
「どういうことって、聞いたとおりのことだと思うけど?」
「聞いた通りだって?ふざけんなよ。もうテニスは飽きたなんて・・・嘘だろ?」
捕まれている腕が痛い。
「嘘なんかじゃないよ。飽きたんだ、実際。だから、辞めるの。」
南の顔色が一瞬にして変わった。
あ、と思ったときにはもう遅くて。
気付けば俺は廊下にしりもちを付いていた。
「・・・・ふざけんなよ。」
見上げればハァハァと荒い息でこっちを睨んでいる南がいて。
俺は何となく動けないまま廊下に座り込んだ。
殴られた頬が痛んだけど、我慢した。
当然の報いだから。
「お前、最近頑張ってたじゃないかよ。ジュニア選抜だって頑張るって伴じいにも言ってたんだろ?」
南の声が段々怒りから悲しみに変わっていくのが分かった。
今にも泣きそうな表情。
南はお人よしだから、いつだって人のことを考えてる。
今だって俺のために悲しんでくれてる。
ホントに俺最悪だ。
「部活辞めるなんて嘘だって言えよ、千石っ!!」
ごめんね、南。
俺、もう・・・。
「南・・・・俺ね、楽しくないんだ、テニス。」
ゆっくりと立ち上がりながら言った。
「え?」
戸惑った表情の南に俺は何も言わずに微笑んだ。
「テメーらなにやってんの。」
「あ、亜久津。」
振り返ると、いつも通りの不機嫌そうな表情で亜久津が立っていた。
「・・・もしかして、千石、お前。」
南が急にはっと気がついたように呟いたのが聞こえた。
嫌な予感がして南の方へ視線を戻す。
「この間の人のことが原因でやめ・・」
「南っ!!!」
南の元へ駆け寄る。
「お願いだからそれ以上言わないで。もう、決めたことだから。口出しするなよ。頼むから。」
南にしか聞こえないぐらいの声で告げて、そのままその場から早足で歩き出した。
後ろで南が何か言ったような気がしたけど、振り返らなかった。
とにかく何でもいいから早く誰の視線からも逃れたかった。
南の言うとおり、テニスが最近楽しくなってきた気がしてた。
でも多分それは、のお陰で。
が俺のテニスを好きっていってくれたから頑張れてたんだと思う。
だけど、もうはここにはいなくて。
毎日毎日病院に行かなきゃ会えなくて。
会いたいから行く、けど。
でも何故か会うのが恐くて。
俺、ちゃんと笑えてるのかなとか、に心配かけちゃったりしてないかな、とか。
今、頑張らなきゃいけないのに、頑張れなくて。
テニスも段々障害にしかならなくなって。
全然楽しめない。
なにやってても、が気になるし。
だからいつだって側に居たいし。
もう、何を頑張れば良いのかすら分からなくって。
正直もう、俺。
バン、と屋上へ続くドアを開けた途端、涙が流れて。
そのまま訳も分からずに泣いた。
自分自身がコントロールできない。
・・・・恐い。
ねぇ、。
いつだって側にいてくれるって約束したよね。
だったら今すぐここに来て。
いつも通り笑ってよ。
そしたら、俺頑張るから。
いつもみたいにヘラヘラ笑ってられるから。
お願いだから。
側にいて。
バカみたいだけど、こうすることが一番だって信じてた。
俺に出来る唯一のことだったって、そう、思ってた。
けど、本当はただ逃げたかっただけなんだ。
何もかもから。
そう、彼からも。
逃げないって決めたのに。
やっぱり恐かったんだ。
いつか来るだろう、その日に。
ただ、怯えることしか出来なかった。