俺が彼を守っていたんじゃなくて

彼が俺を守っていてくれたこと

そんなの全然知らずに俺は

一体何をしていたんだろう

彼はいつでも俺に笑いかけてくれていたから

だから気付かなかったんだ

気付けなかったんだ




苦しいとさえ言えずに、君は





あぁもう、何でこういう時に限って日直なのかなぁ。

ほんっとアンラッキーだなぁ・・。






俺は4限後日直の仕事を速攻で済ませて屋上へと走っている。

今日はが久しぶりに学校に来ている。

4限からサボってるって言ってたから、俺もそうしたかったけど。

最悪なことに4限は伴じいの授業だったからサボれなかった。

伴じいってばあとからネチネチ言うから恐いんだよね・・。




階段の最後の一段を踏み終わってドアノブに手をかける。

ギィーっと音がしてドアが開いた。

その向こうに広がる青い空がまぶしくて俺は目を細める。

昨日とはうって変わっての晴天。

良かった。

俺はの姿を探して辺りを見回す。




「あれ?」




の姿はどこにも見当たらなかった。

確かに昨日屋上に居るって言ってたんだけど。

俺はフェンスの辺りをもう一度見回した。

だけどやっぱりの姿は見当たらなかった。




「・・・どうしたんだろ。」




俺はフェンスにもたれかかって空を見上げた。

するとどこかからクスクスという笑い声が聞こえてくる。

この声は・・・だ。

俺は空から目の前のドアに目線を移した。

がそこに立っていた。




「え、?いつからそこに居たの?」




はまたちょっと笑ってこっちを見上げる。

俺はその表情に少しドキッとした。




「いつからって、清純が入ってくる前からだよ。お前オレの横通り過ぎたのに。気付かなかった?」


「え、嘘?そうだった?」




前ばっかり見てたからドアの横まで目が行かなかったんだ俺ってば。

うわ。俺、馬鹿?




「ま、清純らしいけどな。」


「ちょっとなにそれ、俺ってそんなにアホキャラ?」




俺フェンスを離れてドアの方に走った。

と真っ直ぐ目が合う。

がにっこりと笑った。




「心配したんだからね、。」


「うん。ゴメン清純。」




俺はをぎゅっと抱きしめる。

がくすぐったそうにクスッと笑った。




「・・・何だよ。」


「清純君は甘えんぼさんですねぇ・・・。そんなに淋しかった?」


「・・・なっ、、ちょっと、何言ってんの?」


「・・あれ、図星ぃ?」




がおかしそうにこっちを見上げてくる。

くそぅ・・・見てろよ。




「そうだよ、淋しかったよ。に会えなくてつらかったよ。だったらどうなんだよ。」


「・・・えっと。」




俺はをじっと見つめる。

は顔を真っ赤にして目線を泳がせた。

さっきのはかなりきいたみたいだ。




「・・・オレもしかして仕返しされてる?」


「もしかしなくてもそうだけど?」


「・・・スイマセン、オレが悪うございました。」




どうだ、ざま―みろ。




「ま、でもオレも清純に会えなくて淋しかったけどね。」




がさらっと言った言葉に俺はドキッとする。

・・・・や、やられた。

さっきまでの俺のペースは一瞬にしてのものになっていた。




「・・・・それ、仕返し?」


「んー、それもあるけど、でも本音。」


「そ、そっか。」




嬉しいの半分、恥ずかしいの半分。

俺はおそらく真っ赤になっているだろう顔を見られないために、

さっきよりもいっそう強くを抱きしめた。




「ねぇ、こうやってしてるのは別に良いんだけどさ、」




がためらいがちに言った。




「何?」


「出来れば清純の話を聞かせて欲しいなぁ、なんて。」


「あぁ、そうだった。」


「そうだったってお前ねぇ・・。まぁ時間もないしさ。」




ちょっと淋しいけど俺は一度の体を離した。




「それで?」




が首をかしげて聞いてくる。

俺は一度深呼吸をしてから話し始めた。




「実は、昨日伴じいに呼ばれてね。」


「うん。」


「それでぇ、」


「何だよ、早く言えよ。」


「うん。実は俺ジュニア選抜に選ばれたんだって!」


「そう。・・・ってえぇっ!ジュニア選抜ってさ、あの優秀な選手ばっか集めるやつだろ?
スゲ―じゃん、清純!」




が俺の手を掴んでぶんぶん振っている。

何かめちゃくちゃ喜んでくれてるみたいだ。




「俺もうすっかり忘れててさぁ、まさか選ばれるなんて思ってなかったから。」


「オレは思ってたよ。だって清純ホントすごいもん。自信もてって。」


「そうかなぁ・・・。がそういうならそうなんだろうけど・・。」


「それで?いつあるの?」


「何が?」


「ジュニア選抜。」


「あぁ、まず夏休みに合宿があって、それからみたい。」


「そっか・・・夏休みか。」




が急に表情を暗くして何か考え込んだ。




?」




俺が声をかけると顔を上げた。




「頑張れよ。応援してるから。ずっと。」




はとても綺麗な笑顔でそう言った。

何かちょっと引っかかったけど、それが何なのか俺には分からなかった。




「そっか、やっぱりすごいな清純は。本当に。」


「そんな事ないって。聞く所によると補欠だったのが繰り上げられただけみたいだし。」


「でも、すごいって。あ、そうだ。」


「何?」


「何かお祝いしなきゃな。」




何がいい?とが表情で聞いてきた。




「え、いいよそんなに気にしなくても。」


「いーや、滅多にない事なんだから、お祝いしないと。俺に用意できる範囲だったら何でもいいぜ?」


「滅多にないって・・。まぁそうだなぁ・・・・。」


「何なに?」




実はお祝いって聞いたときから一つ思い浮かんでるものはある。

でも、ちょっとこれはなぁ・・・ヤバイよなぁ、さすがに。

いくらが何でもいいって言ってくれてるとはいえ・・・うん、やっぱこれナシ。




「何だよ、思い付いてるのがあるんだったら言えよ。それともそんなに高価なものとか?」




膨れっ面でが詰め寄ってくる。




「高価じゃない、と思う・・・けど。」


「じゃあ何?どんな物だよ?」


「も、モノでもないかなぁ・・・うん。」




お願いだからそんなに見つめないでください・・・。

あぁどうしよう・・・他のものが思いつかない。

欲しいものって手に入らないときは思いつくのに、

手に入るって時になると思いつかないんだよなぁ・・・。




「・・・モノじゃない?・・・・あぁ、そういうこと。」




が何か気付いたように頷いた。

ってか、気付いた!?




「清純、オレだって一応健全な男の子だから、お前の気持ちぐらいは分かるつもりだ。」




が深刻な顔つきで俺に言う。

俺は冷や汗だらだらで目線を泳がしている。




「・・・えぇっと・・・つまり?」




あぁ、神様、どうかが気付いていませんように!!




「残念だけど、俺あんまり女友達いないから、紹介はできないなぁ。って事で却下。」


「・・・は?」


「え、違うの?オレてっきりモノじゃないなら人かなぁって・・・。」




神様有難う!は気付いてなかったよ!

モノじゃないなら人ってとこまではあってたけど、そこから間違えてくれてた。

よ、良かった。

・・・いや、良くなかったのか?

どっちなんだろう。




「清純?結局何なわけ?」


「う、あ、えっと。」




しまった、逃れた後の事を考えてなかった。

がどんどん近寄ってくる。

どうしよう、ドキドキしてきた。




「何が欲しいの?」


「・・・。」


「何?だから何が欲しいのかって・・。」


「だから、。」


「・・え。」




あぁもう、言っちゃった・・。

だって、この距離で近づかれたら言うしかないでしょ?

あ、が固まってる。

そりゃそうだよなぁ・・・。俺だって固まると思うし。




「う、くーん?嘘だから、冗談だから、ね。そんなに固まんないでよ・・。」




仕方がない。

が嫌なんだったら別に俺は何もするつもりはないし。










「ホントに?」











が下を向いたまま小さな声で呟いた。









「ホントに冗談?」




「えっと・・・。」






















・・ス・・ぐらいなら良い。


「え?」












聞き取れなくて俺はに聞き返した。

するとが勢いよく顔を上げた。

その顔はさっきよりも真っ赤っかだった。








どうし・・・・」


「キスぐらいなら良いって言ってんだよっ!」








はずかしいのかは言った後すぐに俺から視線を逸らした。

俺はあまりにもびっくりしすぎて状況を理解できないでいた。







「嘘、じゃないよね。」







言った後にしまった、と思ったけど後の祭り。

が泣きそうな顔で俺を睨んだ。







「嘘でこんなこと言うと思ってんのかよっ!」


「思ってないよ、けど、だって・・俺。何か嬉しすぎて・・・ごめん。」







謝るとは小さな声で良いよ、と言ってくれた。







「本当にいいの?」



「・・・いいって言ってんだろ。」



「うん。」







俺はを一度抱きしめた。










、大好き。」




「清純、っ・・・。」







触れるだけの簡単なものだった。

だけど俺にとってその一瞬がとても幸せだった。
























「お祝い、頂きました。有難う。」


「・・・・ど、どーいたしまして・・・。」










はしばらく下を向いたままこっちをみてくれなかった。

俺はその姿が可愛くてには悪いけどちょっと笑った。






「余裕ぶっかましやがって・・・この女タラシ。」



「あははっ、メンゴ。あぁもう死んでも良いや。俺今本当に幸せ。」























「・・・・そ・・だな、オ・・も。」






















が微笑んで言った言葉はチャイムの音と重なってあまり聞き取れなかった。




「ねぇ今何て・・・」


「はい、おしまい。ほら、予鈴なったぞ、教室帰れよ。」


「え、あ、うん。ってもでしょ!」


「あー、オレは次もサボリ。だからいーの。」




が俺の体をドアまで押していく。

俺はされるがままにドアに手をかけた。




「ずるくない?」


「ずるくなんかありませ―ん。オレこれでも結構頭良いから。清純と違って。」


「酷っ・・・まぁ否定はしないけど。」


「分かればよろしい。ほれ、早く帰んないと間に合わないぜ。またな。」


「あ、うん。またね。」




しぶしぶ俺はドアを開けて校舎の中に入る。

ドアが閉まるまでは笑顔で手を振り続けていてくれた。

ま、いっか。






俺は幸せ気分で階段を下りていた。


今日はジュニア選抜のことも伝えられたし・・・お祝いも貰っちゃったし。


何よりもに会えたからよしとしよう。
















「あ。」















突然思い出した。




「携帯の番号教えてないじゃん、今ならまだ間に合うかな。」











俺は急いで階段を駆け上がった。


そしてさっき入ったばかりのドアを静かに開ける。


はフェンス越しに運動場を見ていた。


あの様子じゃまだ俺には気付いていないみたいだ。


俺は驚かせようと思いつき大きく息を吸った。




っ・・・」




俺が声をかけようとしたのと同時にがその場にしゃがみ込んだ。








すぐに駆け寄ろうとしたけど、できなかった。








俺は気付いてしまったから。











・・・・が泣いている事に。











授業前でいつもより静かな屋上にの小さな泣き声だけが響いている。

俺は完全に出て行くタイミングを逃し、その場にただ立ち尽くしてその様子をみていた。


どうしたらいいんだろう。


そればっかりが頭の中でぐるぐる回っている。






その時ちょうど授業開始を告げるチャイムが校舎全体に鳴り響いた。

その途端何故かとてつもない不安に襲われる。




俺は駆け出していた。






の元へではなく、






校舎の中へ。








教室に着いて、遅刻の事を先生に怒られて、自分の席に着いて、授業を受ける。



その間中さっきのの姿が思い浮かんだけど、わざと俺は気にしないようにしていた。




なんだか恐かった。




すごく恐かった。













その後も同じ様に授業を受けて、部活に向かった。

部活は散々だった。

気にしないようにしようって思えば思うほど、思い出してしまっていたから。




「お前、どっか調子悪いのか?」




部活が終わってからの部室で南が心配そうに尋ねてきた。




「え、そう?」




俺はつとめて明るくふるまった。




「いや、別に大丈夫ならいいんだけど。」




そう、南が言ったのと同時に勢いよくドアが開いた。




「千石っ!!」




血相を変えて亜久津が部室の中へ入ってきた。


ふと嫌な予感がする。




「ど、どしたの?」




走ってきたのか亜久津は乱れた息を整えながら俺のほうを見た。












が、」





「え?」


















が倒れて病院に運ばれた。」
















「う、嘘でしょ?」













亜久津が少しためらう。






















「・・・危ないかもしれねー。」




















目の前が真っ暗になっていくのが分かった。




「しっかりしろっ、千石!」




亜久津の声がとても遠くに聞こえる。




「千石っ!!」




パンと音がして俺は頬の痛みと共に現実に引き戻された。




「・・・・南?」


「悪い。でも今はお前がだめになってる場合じゃないんじゃないか?」




南が赤くなった手のひらをさすりながら言った。




「良くわかんないけど、さ。」


「・・・・・・あり・・がと。」


「良いから、早く行けよ。」


「表にババアが車まわしてる。ついてこい、病院に行く。」




亜久津が走り出す。



俺もそれに続いた。







まだあまり状況が飲み込めてない俺は全て夢なんじゃないか、なんて。





そう、思っていた。





いや、そうなればいいのにって願ってたのかもしれない。











俺が感じていた幸せは


全て彼が俺に与えてくれていたんだと


今になって気付くなんて


なんてバカなんだろう






もしあの時彼のもとへ駆け寄っていたなら




何か変わったんだろうか






今となってはもう






何も分からないけれど