多分きっと彼は気付いてたんだ



俺がどうしてこんなやつになってしまったのか



それを全て知ったうえで彼は俺に



笑いかけてくれた




まだ知らない





イライラする。



何がどうって訳じゃないけど、もうすべてが嫌だ。



一体どうしろって言うんだよ、何が気に入らないんだよ、俺。











誰もいない屋上で俺は一人空を見上げていた。



グラウンドからはクラスメートたちの楽しそうな声。



・・・もちろん俺はサボリなんだけどね。



何かやってらんないじゃん・・もうどうでも良いし。



あーもうまたイライラしてきた。



ポケットに手を突っ込んでタバコの箱を取り出す。



最近吸い始めたばかりのそれは、俺にとってはもう手放せないものになっていた。



からに近い箱から一本取り出して口にくわえた時、ドアをあける音がした。



俺は慌ててタバコを戻そうとしたけど、手が滑ってタバコを落としてしまった。



「仁っ・・・ってアレ?いないし。」



もうだめだ、と思った瞬間聞こえたのは少しかすれた少年っぽい声だった。



俺はドアの方を振り返る。



そこにいたのは一人の男子生徒だった。



・・・誰だろ。まぁとにかく笑っとけ。



俺がお得意の作り笑いをするとそれに気付いた相手もちょっと笑って、こっちに近づいてきた。



く、来るなよ。タバコばれちゃうじゃん。



男は俺の前で足を止めた。



「ねぇ、君って千石君?って言うか絶対そうだよね?」



「・・・そ、そうだけど・・君は、誰?」



ニコニコと笑いながら尋ねた男にちょっとびびりながら俺は答える。



・・・俺ってそんなに有名人だったっけ?



「あぁ、ゴメンゴメン。オレは 、一応同級生なんだけど、初めましてだったよね?

まぁ、オレの方は一方的に知ってたんだけど。」



「そ、そうなんだ。よ、よろしく。」



「・・・仁に近寄っていってるって言うからどんなヤツかと思ってたんだけど、
案外いいヤツじゃん。うん、よろしく。千石君。」



にこっと笑って差し出された手を俺は握り返しながら悩んでいた。



仁に寄っていってる?どういうことだろ。って言うか仁って誰だ?



「えと・・・仁って?」



「あ、仁って分からない?亜久津仁。君、同じクラスだろ?」



「あぁ!亜久津のことだったんだ。って 君って亜久津のお友達?」



「うん、まぁそんなとこかな。それにしても君って物好きなヤツだよね。」



「どういうこと?」



「だってあの仁に自分から近寄るヤツなんて滅多にいないからね。
お世辞にも愛想のいいヤツとは言えないからアイツ。」



「あぁ、そのこと。」



全くその通りだと思う。



亜久津仁といえばうちの学校で知らないやつはいないってぐらいの有名人だ。



・・・悪い方での、だけど。



でも、俺は全然恐くなかった。どちらかというと会いたかったくらいだし。



「何で、って聞いても良い?」



「・・・憧れてたんだ。羨ましくてたまらなかった。」



「羨ましい。」



「うん、羨ましかった。だってああやって髪型とか服装とか態度とかでちゃんと自分の思いを主張してるじゃない。
簡単そうで結構出来ないことだよね、それって。俺には絶対出来ないことだった。」



「だから憧れた・・・ふーん。」



君はそうかそうか、と呟きながら頷いていた。



「だから、亜久津の側にいれば、ちょっとくらい自分も変われるんじゃないかってずっと思ってた。
したら同じクラスになって、嬉しくて自然と声かけちゃったんだよね。」



「それで?今日は手始めに屋上でタバココースな訳ね。」



「えっ・・・。」



君がにやっと笑って目線を足元にずらす。



そこにはさっき俺が落とした一本のタバコがあった。



うわぁ・・・忘れてたよすっかり。ヤバイな。



俺が目を泳がせていると、クスクスっと言う笑い声が聞こえてくる。



みてみると君が下を向いて笑いをかみ殺していた。



「あのー、君?」



俺が声をかけると同時に抑えきれなくなったのか君は盛大に吹きだした。



「ハッハッハッハ・・・・・いや、ゴメンゴメン・・・つい。」



今気付いたけど君て俺より背ちっちゃいんだな。



何気に美人さんだし。髪もきれいな純黒髪で、何ていうかこれで女の子だったら俺のタイプ?



「・・・千石君・・・千石・・・・オイ、千石清純!!」



「えっ、ハイ。」



「オイ、なに俺の顔じーっとみてるんだよ。大丈夫か?」



「・・・そんなにみてた?」



「あぁ、穴があくほどな。」



うっわ、そんなつもりは無かったんだけど・・・。



俺ってばなにやっちゃってるんだろ。



あれ、って言うかさっき君俺のことフルネームで呼んだ?



「あの、君・・」



喋ろうと口を開いた瞬間君が手でストップという形を作った。



「あのね千石清純。さっきから言おう言おうとは思ってたんだけど、
その君ってのやめね?何かむずがゆくなってくるんだよね。
で良いから、俺も清純って呼ぶし。」



「あ、うん。」



「んじゃ決定ね。改めてよろしく清純。」



「こちらこそ、よろしく。」



ニッコリとお互い笑いあったあとそうだ、とが呟いた。



「別に先生とかにチクリはしないけど、タバコ止めたほうが良いんじゃね?
お前テニスプレイヤーなんだし。ま、余計なお世話だとは思うけど。」



はそう言って、足元に落ちていたタバコを拾って俺のポケットに突っ込んだ。



あれ、俺部活の事とか言ってない筈だけど・・・亜久津にでも聞いたのかな。



「ねぇ、何で俺がテニス部だって知ってるの?」



「ん?あぁ。それはだな・・」



俺の質問にが答えようとしたその時、ギーっと音を立ててドアが開いた。



俺たち二人ともいっせいにそっちの方へ向く。



「おっはよ。亜久津!」



俺が声をかけると、でてきた人物はこっちをみてちょっと嫌な顔をした。



それを見てすかさずが亜久津の前に出た。



「オイこら、仁。せっかくの友達にそんな顔をしちゃいかんだろーが。」



「んだと・・・・お前・・・・何でここに。」



驚いた。あのいつも機嫌悪いですオーラの亜久津がめずらしく驚いた顔をして固まったから。



そんな亜久津にも慣れているのかは気にせず言葉を続けた。



「何でって、あれ?優紀ちゃんに聞いてないの?」



「聞いてねぇ。」



「あらら、そりゃ悪いことしたね。まぁ、もう全然心配要らないから、気にしないでよ。」



「ホンとかよ?」



ちょっとちょっと。俺って忘れられてない?何か二人だけの世界が出来上がっちゃってる感じ。



さっきまではこっちを見てくれてたも今は亜久津の事しか見てないし・・。



あーイライラしてきた。タバコでも吸おっかなぁ。



俺はさっきが拾ってくれたタバコを取り出して口にくわえた。



そして火をつけようと思った瞬間タバコが無くなっていた。



見るといつの間にか隣にが立っていて、その手には一本のタバコが握られている。



俺はきょろきょろと亜久津を探した。



あ、いたよ。



亜久津はというとドアの横に座り込んでタバコを吸っていた。



俺は視線を前に戻す。



の表情はちょっと引きつっていた。



「オイ清純。オレがさっき言ったことすっきりすっかりと忘れてねーか?
そりゃ余計なお世話かもって言ったけど、アレは暗黙に吸うなって言う意味だぞ?
そこんとこわかろーよ。ってことでこれは没収。」



は俺のポケットに手を突っ込んでタバコの箱ごと取り出し、それを自分のポケットにしまい込んだ。



そしてこっちを真っ直ぐに見た。



俺はなんだか目が逸らせなくなって、をじっと見つめ返した。



「あのね、さっきの続きなんだけど。俺がどうして清純の部活のこと知ってるかというとね。」



が笑顔を作った。心なしか頬が少し赤い気がする。



「見てたからだよ、お前のこと。」



「・・・・・え。」



の言葉に、自分でも驚くほどへんな声が出た。



見てたって・・・えっと・・・それって・・。



「だから!オレがお前の事知ってたのは別に仁に聞いたからとかじゃなくって、
もともと知ってたからなの。分かる?」



「・・・分かります。」



あぁ自分でも顔が赤くなってるのが分かる。



何なんだろう、俺、今どきどきしてる。



ヤバイくらい。



の方を見るとちょっとむすっとした表情でこっちを見ていた。



「あのさぁ・・・誤解はするなよ?別にオレ今、愛の告白したわけじゃないから。
何かそんな反応されるとこっちまで恥ずかしくなってくるから。
あくまでオレが言ってんのはだね、ファンだって事だよ。清純のテニススッゴいじゃん。
何かきらきらしててさ、オレいつの間にかテニス見るようになっちゃったんだよねぇ。
お前のおかげで。」



「ファン・・・。そうだよね、ファンだよね!あぁ、もうびっくりしちゃったよ。
でもそれでも嬉しいし。俺のテニス見ててくれてありがと。」



「・・あぁ。」



そうだよな、ファンに決まってんじゃん俺。何をそんなに考えてたんだか。



あーあ、何かちょっと落ち込んだ。



・・・・ちょい待ってよ、落ち込む?何で?だって、は男だし、亜久津の友達だし、
俺のファンだし・・ってそれは関係ない・・あぁもう、何なんだよ俺!
何でこんな気持ちになるんだよ。



にファンって言われて嬉しいはずなのに、何だかちょっと切なくなった。



「・・・・清純?どしたの。急に黙っちゃって。」



ちょっと心配そうにが俺の顔を覗き込んでくる。



あぁ、俺、もしかして。



「・・・清純?」



、俺さ。」



俺はの事を見つめた。



がちょっと戸惑う。



の事好きだ。」



「・・・・・ハイ?」



がわけが分からないという顔をする。



それでもいい、とにかく今はこの気持ちを伝えたい。



「だから、側にいさせて。ずっと側にいさせて。」



「ずっと・・。」



俺の言葉を聞いた途端、の表情が曇った。



何かを小さく呟いて俯いてしまう。



俺、何かいけないこと言ったのかな。



やっぱり、伝えなきゃ良かったのかな・・・。



「・・・・、あの俺。」



「嫌だ。」



「え?」



一瞬何を言われたのか分からなくて聞き返すと、は顔を上げて俺のほうを向く。



その目には涙が溜まっていた。



「え・・・、もしかして泣いてる?」



「ヤローにずっと側にいられるなんてお断りだ!」



「え、ちょっと!?」



は俺に背を向けて走り出す。



そして、勢いよくドアを開けて校舎の中へと入っていった。



俺はその姿を呆然と見つめていた。



俺、嫌われた?



って言うかそんなことはどうでも良いけど、を泣かせたのは俺のせいだよね。



何かそっちの方がすごいショック・・。



俺はその場にしゃがみ込んだ。



「・・・馬鹿じゃん俺。何が側にいさせてだよ。男相手に何を口走ってるんだか。
ほんと、馬鹿。」



俺が酷い自己嫌悪に陥っていると近くに人が寄ってくる気配がした。



顔を上げなくてもそれが誰だかは分かっていた。



「亜久津・・・ごめんね。せっかくが会いに来てくれたのに俺のせいで帰っちゃった。」



「・・・んな事はどうでも良いんだよ。それよりもテメェ、アイツになに言ったんだよ。」



「何って・・・好きだって。」



「それだけか?」



「・・・・あと、ずっと側にいさせて、って。」



「・・・・そーか。」



それだけ言うと亜久津はドアの方へと歩いていってしまう。



「そーかって、亜久津!どうしては泣いたの?ねぇ、知ってるなら教えてよ!」



俺は立ち上がって叫んだ。



亜久津がかったるそうに振り返る。







「・・・・知らねーよ。」







それだけ言うと、亜久津はそのまま校舎の中へ入っていってしまった。







分からない。



どうしては泣いたんだろう。



どうして亜久津は。



知らないだけならどうして、



あんなにつらそうな顔をしたんだ?







俺はただその場に立ち尽くしたまま二人が消えていったドアの方を見つめて



ずっとそんなことを考えていた。


























あの日、に伝えた言葉がどんなに彼を悲しませたのか、







このときの俺は、まだ知らない。