彼のとても大きな愛に気づいた時
俺はやっと自分のするべきことが何なのか
少しだけど、分かったような気がしたんだ
今からでも遅くないかな
そう言ったらきっと彼は笑って
大丈夫だよ、って言ってくれるだろう
だって彼はいつだって俺だけをみていてくれたのだから
目に見えない
は俺が泣きやむまでただずっと抱きしめていてくれた。
優しくさすられる背中から、のぬくもりが伝わってきて、
少しずつ涙もよく分らない感情も落ち着いた。
「清純、今日はもう帰った方がいいよ。」
「え、でも・・。」
はどこか連れて行きたいところがあると言っていたのに。
「実は今日じゃなくても大丈夫なんだ。また今度にする。とりあえず今日は、これで、ね。」
そう言って笑うに、もう何も言えず頷くしかなかった。
「それじゃあ・・また来るね。」
「うん・・・清純、」
ドアを開け、もう一度を振り返った。
「どうしたの?」
少し迷うようなそぶりを見せたが、小さく息を吐いてこちらをまっすぐ見つめた。
「オレは、いつでもここにいるから・・清純が会いたいって思った時に、来て。」
「え?俺いつも会いたくて来てるよ?」
いまいちの言ってることが理解できなくて首をかしげると、が一瞬悲しげな顔を見せた。
「・・?」
「ううん、ごめん、変なこと言った。オレは清純が来てくれるの嬉しいから、いつでも待ってるよ。」
声をかけた瞬間にはもういつものの笑顔がそこにあった。
「うん、じゃあ行くね。」
「・・・うん、気をつけて。」
はただ笑って手を振ってくれた。
だけど、俺はなんだか素直に手を振れなくて、軽く頷いてドアを閉めた。
「・・・・・帰らなきゃ。」
そう、自分に言い聞かせるように呟いて、自分で自分の声の冷たさに驚いた。
何かもうどうでもよくなった。
その後気付いたら自分の部屋にいて、また涙が流れていた。
俺、どうやって家まで帰ってきたんだっけ・・。
何となくいつも通りの道を通っていつものように家まで帰ってきたような気がしたけど、
記憶がとても曖昧だった。
多分、俺は、おかしい。
だって、どうして泣いているのかさえ分からないのだから。
「亜久津と・・・・南?」
昼休み、習慣で上がってきてしまった屋上の扉をあけると意外な人物が見えた。
扉から少し離れているせいか2人はまだ俺が来たことに気づいていないみたいで、
俺も何となくそっと扉の陰から2人の様子をうかがう。
亜久津が南と知り合いだなんて知らなかったけど、そもそも他の人と話している姿なんて見たこともない。
珍しい光景にしばらくそのまま見つめていたが、ふと思い立つ。
「・・・俺か?」
考えてみれば2人の接点なんて俺くらいしかない。
まさか、南・・。
「2人ともこんなところで何やってるの?」
笑って言ったつもりだったけど声が付いてこなかった。
かなり不自然だったに違いないけど、そんなことどうでも良い。
南がびくりと身体を震わせてこちらを振り向いたのを見て、俺は確信した。
「・・・・・言わないでって、言ったよね。」
「千石、これは・・」
「言うなって、言っただろっ!!!!!」
自分でも驚くくらいの声が出た。
そして、気付いた時には南に殴りかかっていた。
「やめろ千石っ!!!」
拳は寸でのとこで亜久津にとめられて届かなかったけど、南は勢いに押されるようにコンクリートに座り込んだ。
「・・・・どうして、言ったんだよ。」
収まりきらない感情がまだ身体の中で暴れているのを何とか抑えて、それだけ言った。
「俺から訊いたんだよ。」
「・・・・・え?」
返答が思わぬ方向から返ってきた。
「いや、正確には俺じゃねぇ。訊いたのはだ。」
「ど、いう、こと・・?」
思考が付いていかない。
が訊いたって、どういうことだ?
「お前が最近様子がおかしいって、が。だから、俺が南に訊いたんだよ。」
それは、つまり。
「はお前が自分のせいで部活を辞めたんじゃないかって薄々・・いやもう確実に気がついてんだよ。」
「っ!?だって、俺そんなこと一言も、それに気づかれないように時間とか考えて病院行っ、」
には気づかれたくなかった。
だから出来る限りの嘘を積み上げて来たはずなのに。
どうして、が。
「・・・・あいつに隠し事出来るなんて思うな。誰よりもお前のこと見てんだよ、は。」
「でもっ!!」
「千石、あのな・・」
亜久津の手を借りて立ち上がった南が、静かに言う。
「俺はずっと前からのこと、知ってたよ。」
「な、に・・・?」
「正確にいえば名前を知ったのは今回のことがあったからだけど、彼の存在はずっと知ってた。」
わからない、わからない、わからない。
南の言ってることが理解できない。
知ってたってどういうこと?
だって、は。
「落ちつけよ、千石。あまり詳しいことは俺から言ったらだめだと思うから、言えないけど。」
南がゆっくりと、それでも俺をまっすぐに見つめて言った。
「彼はずっと、ホントにずっとお前のこと見てたよ。だからこそ、黙っていられなかったんだ・・・ごめん。」
もう南に何も言う気にはなれなかった。
俺はただ、南の言った言葉を何度も何度も頭の中で繰り返して、
一つの場面に行き着いた。
そう、あれはと初めて会った時だった。
『見てたからだよ、お前のこと。』
確かにはそう言ってた。
あの時はそこまで気にかけてなかったけど、あれは、どういうことだったんだろう。
見てたって、いつから?
「南・・・俺、」
何て言ったらいいのか分からなかった。
「いいよ、もう。それより訊いても良いか?」
いつもの人の良い笑顔を浮かべて、南は俺を見つめる。
「テニス、本当に嫌いになったのか?」
答はもうずっと心の中にあった。
けど、俺はまだはっきりと言葉にできない。
「・・・もう少し、待って、ほしい。」
だから、これが今の俺に言える全てだった。
「そっか、ま、いいよ。お前の顔見たらすっきりした。・・・頑張れよ、千石。」
それだけ言って、南は屋上から出て行った。
「亜久津・・・に会いに行っても、良いかな。」
「あぁ?何で俺に聞くんだよ、勝手にしやがれ。」
いつの間にかいつもの場所でタバコを燻らせていた亜久津が、放り捨てるように言う。
「うん。じゃあ勝手にする。」
に会いに行こう。
に会いたい。
会いたくてたまらない。
あぁ、そう思って病院へ向かうの初めてかもしれない。
いつもどこか不安とか怖さとかそんな感情が付きまとってうまく息が出来なかった。
だからいつも病室の前で深呼吸して、普段の俺を装って。
『・・・清純が会いたいって思った時に、来て。』
この間のの言葉が、やっと理解できた気がする。
はきっと、そんな俺に気がついていたんだ。
苦しくてどうにもならない俺を、は見つけてくれてたんだ。
、今すぐキミに会いたい。
会いたいよ。
走り出すのが遅かったかもしれない
でも、それでも彼に伝えたかった
俺が今できること、彼のためにできること
自信過剰かもしれないけど、それでも俺にはこれしかできないってわかったから
ドアを開けた先にきっと彼はいつもの笑顔で待っていてくれる
それだけを信じて今は走るしかなかった