何もかも全て夢だったなら。
何度そう考えただろう。
でもそれを一番願っていたのは俺じゃない。
彼だったのに。
だけど、そんなこと一度も言わずに彼は、
ただ一度、俺に笑いかけてくれただけだった。
指先が触れる
「あいつはいつだってツライだなんて言わなかった。俺にも、優紀にも。」
突然背後から掛けられた声に驚いて伏せていた顔を上げた。
「亜久津・・・・?」
ドスンと俺の隣に陣取って、ふぅっとひとつ息を吐いた。
「あいつの親はあいつが小学生の時、事故で死んだ。一人だったあいつを親と友達だった優紀が引き取った。」
亜久津がポケットからタバコを取り出して、火をつける。
吐き出された煙を見上げた。
「それからずっと俺とあいつは一緒にすごしてきた。でも一度だってあいつを家族だとかは思ったことはねぇ。」
空に向けていた視線を亜久津に戻す。
見たこともないくらい悲しげで、苦しげな表情がそこにあった。
「どうして?」
「いつだって、俺たちとアイツの間には壁があった。アイツは依存することを嫌がった。」
亜久津がまだ長いタバコをアスファルトに押し付けた。
ジュっと言う音が授業中の静かな屋上に響き渡る。
「・・・・どんだけ一緒にいたって、結局独りなんだよ、アイツは。」
「そんな・・・。」
そんな風には見えなかった。
はいつも明るくて。
亜久津とも仲良さそうで。
うらやましいくらいだったのに。
「病気のことだって、同じだ。何度俺らが手を伸ばしたって、無駄だった。」
キッと強い視線を向けられて、思わず息を呑む。
「だが、千石・・・・・ひとつだけ言っといてやる。」
「・・・・・・・え?」
「アイツは・・・・・・」
いつものようにドアの前で深呼吸をしていると、急に中からドアが開いた。
思わず一歩後ろへ下がる。
「なんだ、やっぱり清純か。どした?そんなトコで立ち止まって。」
いつも通りの笑顔でそう言ったを、オレは衝動的に抱きしめた。
「もう、どーしたんだよ。・・・・苦しいよ、清純。」
「うん、ゴメン。」
そういわれてもなお、腕を放さないオレ。
がちょっと笑って抱きしめ返してくれた。
そして背中を優しくさすられる。
まるでオレの何もかもを分かった。とでも言うように。
「清純、とりあえず中、入ろう?」
その言葉に初めて腕を緩めた。
は離れたオレの手を握って部屋へ進む。
二人してベッド横のソファに座った。
「清純、今日はずっと居れる?」
「え・・うん。どうして?」
「夕方になったら、ちょっと連れて行きたいトコがあるんだ。だから。」
ちらっと時計に目をやって、あと2時間位したらな、って言う。
頷いたオレを見てが嬉しそうに微笑んだ。
「・・・・キスしたい。」
思わず呟いてしまった言葉に一瞬での顔がしかめられる。
「お前、それ・・言ってて恥ずかしくないか?ま、清純らしいけど。」
そう言って閉じられた瞳に一瞬戸惑う。
「・・・いい、の?」
「・・・・・・・・・ムード、ないよな何か。やめる?」
「やめないっ!!」
繋がれっぱなしだった手をいっそう強く握った。
互いの体温を分かち合うように。
ゆっくりと、触れた。
『だが、千石・・・・・ひとつだけ言っといてやる。』
『・・・・・・・え?』
『アイツはお前に出会って、変わった。』
『俺も優紀も、アイツの涙なんて、見た事なんてなかった。』
『アイツが泣けるのは、きっと・・・』
「・・清純?」
「・・っ、ふ・・・」
だめだ、ダメだこんなんじゃ。
オレがこんなんじゃを支えることなんてできない。
「ど、うしたんだよ、清純?」
「っ・・ぅ、」
止まらない涙を何とかこらえようとしたけど、どうにもならなくて。
せめて声だけは、と歯を食いしばるけど。
「・・・・ごめんね、清純。」
小さくそう言って、がオレを抱きしめてくれる。
「ごめんね・・。」
優しく、その言葉はオレの中に響いて。
「ふぇ・・・っぅ・・」
ますます涙は流れて行った。
謝るのはじゃない、そう伝えたかったのに。
ただ首を振ることしか、出来なかった。
優しく抱きしめられた腕の中で
このまま、このまま消えてしまえればと思ってた。
彼のことを考えてたんじゃない
ただ、自分のことだけが大切で
彼がどんな気持ちでオレを抱きしめてくれていたかなんて
知るはずがなかったんだ
知らなければいけなかったのに