劣化する愛の記憶
放課後の部室。
俺はいつも皆より少し遅れてやって来て、ゆっくりと準備をしていた。
南は初めのほうは早くしろとか注意してきたけど、今はもう何も言わなくなった。
けどそのかわり、こっちを見てため息をつくようになった。
何かちょっと傷つくからやめて欲しいんだけどね。
今日も俺は、例にもれず部室で一人準備をしていた。
すると、そこに勢いよく壇君が突進してきた。
「千石先輩!!」
制服を半分脱いでいた俺はその格好のまましばらく止まってしまう。
「・・・だ、檀君?」
「千石先輩、一つ聞いてもいいですか?」
じりじりと壇君が詰め寄ってくる。
俺はロッカーぎりぎりまで追い詰められた。
「え、えーと、檀君?一体そんなに真剣な顔して何かなぁ?」
「・・・先輩良いですから早く着替えてくださいです。とにかく早く。」
檀君に言われて初めてまだ上半身が裸だったことを思い出して、俺は急いで着替え始める。
檀君はその間もずっとこっちを見ている。
俺もさすがに耐えられなくなった。
「・・・み、見ないでくれる?さすがに恥ずかしいから。」
「・・・あ、スイマセンです。部室の外で待ってるです。」
「あ、いや、別にそこまでは・・・。」
な、なんなんだろう一体。
檀君が真剣だよ。
もしやこれは恋の予感?
いやぁー俺ってやっぱりモテモテだなぁ。
キヨスミ困っちゃう☆・・・・ってアホか俺。
とにかく早く着替えて檀君の所に行かないと・・。
マジで心臓に悪いよこれ。
「いやぁ、お待たせお待たせ。」
いつもの倍の速さで準備を済ませて俺は外に出る。
ドアのところで檀君が待っていた。
何かちょっと表情が暗いかも?
さっきは勢いにおされて気付かなかったけど。
「どーかした?」
「・・・千石先輩。僕聞いちゃったです。」
「何を?」
「・・・先輩ってテニス部辞めた事があるって・・・嘘ですよね?」
「何だ。そんな事?何をそんなに深刻に考えてるのかって心配しちゃったじゃない。」
「って事は本当なんですか!?」
「うん、本当だよ。俺は一度テニス部辞めてる。だけど、って檀君!?」
話を続けようとすると壇君がぼろぼろ泣き始めた。
わ、訳が分からないよ!!何でこの話題で泣けるんだ?俺のせい?
俺何かしたっけ。うーん・・思い当たるものは無いんだけど・・。
「壇くーん、どしたの?何がそんなにつらかった?」
俺は訳も分からず壇君の頭をなでる。
すると檀君が鼻をすすりながらウルウルした瞳で俺を見た。
どこぞのCMのチワワちゃんみたい。
「・・・何でですか?何で辞めちゃったですか?テニス、嫌いになったんですか?」
「檀君。別に今は辞めてないでしょ?だからテニスが嫌いになったとかじゃないんだよ。」
っていうかさ、何で今更その話になったんだ?
それに、この事はあんまり知られてないのに。
誰だよ檀君に言ったのは。・・・あとで覚えてろよ。
「何で泣いちゃったのかは分からないけど、えと、ゴメンね。一度辞めたのは本当だし、どうにもならないんだけど、でも今はテニス好きでやってるから。心配しないで、ね?」
「・・・僕こそ、泣いちゃったりしてゴメンナサイです。何か千石先輩は憧れの人ですから、辞めたって聞いたら悲しくなっちゃいましたです。」
檀君が乱暴にそでで顔をふいて頭を下げた。
「いーよ、いーよ。でも久々に思い出したなぁ。そういえば俺って一度辞めてたんだねぇ。懐かしいなぁ。」
「でも、何でやめたですか?」
「・・・そうだねぇ。あの時はどうかしちゃってたんだよねぇ俺ってば。でも、後悔はしてないかなぁ。」
「・・・?」
檀君が不思議そうな顔で俺を見つめている。
そうだな、ちょっとぐらい話しちゃっても良いかな。
俺のことで泣いてくれるような可愛い後輩の頼みだし、それに、もうそろそろ思い出になってもいい頃だしね。
「檀君は好きな人、いる?」
「えっ!!す、好きな人ですか!?えっと・・・」
あまりこういう話題に慣れてないのか檀君は顔を真っ赤にして慌てている。
けど、この反応は誰かいる反応だぞ・・。なら話は早い。
「せ、千石先輩!!何なんですか!!」
俺はなんだか笑えてきて、だけど檀君に悪いので声を殺して笑う。
すると、檀君がそれに気付いて怒り出した。
「・・・メンゴメンゴ。俺にもそんな時期あったなぁと思って。」
「時期ですか?」
「そう、好きな人のことを考えるとドキドキしたり、赤くなったり、後はそうだなぁ・・切なくなったり。」
「・・・先輩?」
「思い出せば思い出すだけ辛くなったり、悲しくなったり、そういうのって俺にもあったんだよ?何か今はそう思わないかもしれないけど。俺だって好きな人のために何かしてあげたいとか思ってたんだ。後にも先にもたった一人のためではあったけど。」
あの人のためなら何だって出来る気がした。
何だってしてあげたかった。けど、俺ってちっぽけな人間だから、出来ることなんて何も無かった・・・・一つのことをのぞいては。
「あの、千石先輩?大丈夫ですか?」
下を向いた俺のことを心配して壇君が声をかけて来た。
やっぱり良い後輩だなぁ・・・。
「俺が部活を辞めた理由、どうしても聞きたい?」
俺は顔を上げて檀君の方を真っ直ぐ見て言う。
檀君は真剣な顔で頷いた。
「昔々ある所にキヨスミ君という美少年がいました。」
「・・・先輩。ふざけてるですか?」
檀君が俺をにらむ。
心なしか声もいつもより少し低めだ。
ちょっとばかりふざけ過ぎたかな。
「フフフ、じゃあ、少し長くなるけど特別に檀君に昔話をしてあげよう。その代わり部活はサボることになるよ?」
「別に良いです。」
「・・・じゃあ、始まり始まりぃー。・・・・・これは俺が中2の頃のお話です。・・・」
あれは五月の朗らかな季節のこと。
俺がまだ自分にとってのテニスが何なのか分かりきってない頃。
偶然彼に出逢った。
今思えば、それは運命だったのかもしれない。
でも、その時は全然気付かなかったんだ。
この出逢いが俺にとってこんなにも大切な思い出になるなんて。
思ってもみなかったんだ。