校舎を出ると、至る所で人の集まりができていた。


皆今生の別れのように、涙を流し、言葉を掛け合っている。



「・・・くだらねぇ。」



卒業式自体は終わってからもうかなりの時間がたってるっていうのに、
どんだけ一瞬の別れのために時間をかけているんだろうか。


会えなくなる訳じゃない。


生きている限り、本当の別れじゃない。


ただ、この校舎内で出会うことがなくなるだけだ、それだけ。


校門に着いたところで、校舎を仰いだ。


当然ながら、屋上に人影は見当たらない。


ドアは開いていなかった。


それはもう、さっき確認済みだ。



「嘘吐き。」



あの約束を交わした日から、あのドアはいつだって開いていた。


だけど、べつに問題にはなってなかったから、きっと開けっ放しだった訳じゃない。


俺が衝動的に駆け込んでいく時“だけ”、あのドアは開けられていた。


そして、暗闇に飲み込まれそうな自分を、彼がいつも光の下へ引き戻してくれた。


何をしてもらうのでもなく。ただ、ハルナ、と彼独特の響きで呼ばれるだけで、良かった。


それが当たり前になっていた今、ただドアが開いていないということだけでもショックは大きかった。


自分でもバカだと思うほど。



「ハルナ。」



小さな声。


だけどそれだけで充分だった。



・・・・センパイ。」



振り返ると自転車に凭れ掛かるように立っている、姿があった。


胸につけたままの花が卒業式を再認識させる。



「・・・・ドア、開いてませんでした。」



思わず口にしてしまってから、後悔する。


今言うべきことはこれじゃない。



「あ・・・じゃなくて、」



「・・うん、ゴメン。お詫びに、後ろ、乗って?」



言葉に詰まった俺にただ微笑んで、言う。



「一緒に、帰ろう。」























背中合わせで乗った自転車がゆっくりと進んでいく。


考えてみれば、屋上以外でセンパイと会ったの、初めてだ。


今更な事に気が付いて、ふと後ろに目をやる。


いつもと変わらない、その姿に少し安心して、流れ行く景色に視線を移した。


この人と居ると、いつも時間がゆっくり流れていく気がする。


それがすごく心地良かった。


凭れ掛かるように軽く体重をかけると、合わさった背からゆっくりとした呼吸が伝わってくる。


目を閉じて、そのリズムを感じていると、すごく落ち着いた気分になった。



「ハルナ。覚えてて。」



唐突に告げられて、反応できないでいると、センパイが微笑んだのが背中を通して伝わってくる。



「ゆっくり、で良い、から。頑張ろう?」



いつの間にか止められた自転車。


振り向けずにいると、ふっと背中が離れて、そして、センパイがこっちを向いたのが分かった。


手が伸びてきて、首に触れて、そっと何かをかけられる。



「コレは、お守り。だか、ら、使っちゃダメ、だよ。」



俺はかけられたチェーンの先にある鍵を手に取った。



「これでドアはいつでも開けられるよ。けど、もう行かない方が良い。
いつまでも、繰り返してちゃ、いけない。」



いつになくはっきりと、だけど、やっぱりゆっくりと告げられる言葉に
俺は下を向いて鍵を握り締めるしかできない。



「焦らないで、良いんだ。ゆっくり、ね。」



「俺・・・。」



今はっきりと感じていた。


この人は居なくなってしまうんだ。


もう、あのドアの向こうに待っていてくれはしない。



「大丈夫。ハルナは逃げなくても、平気。きっと、勝てる。」



ふわりと包み込むように後ろから抱きしめられて。



「オレは、信じてる。ううん、確信、してる。」



だから、ね?と囁かれて、自然と頷いていた。


根拠は無いけど、頑張ろうって思った。











俺が鍵から手を離したのを見て、センパイが小さく笑って、また自転車に乗った。


ゆっくりと漕がれていく自転車。



俺は合わさった背中から伝わってくる、このリズムを、体温を。



そして、何もかも全てを覚えていようと思った。




だけど、どうしても。




「ハルナ・・・?」




きっと背中を通して気づかれてしまっているのだろう。




そう分かっていても止められなくて、ただ『なんでもない』と答えるので精一杯だった。




『卒業おめでとうございます』って言えない。





涙が溢れてとまらなかった。