「ハァっ・・・ハァっ・・。」
無心でひたすら階段を駆け上がる。
どこに向かうわけでもない。
ただ、走り続けているだけ。
立ち止まることが、怖い。
何かがすぐそこまで迫ってきているような、
そんな不安が俺をそうさせていた。
「く、そっ・・・・!」
今までの自分を後悔したことなんて一度も無い。
けど、たまにこうやって何かが俺に警告する。l
今居る場所なんて決して長く続かない。
いろんなものを蹴散らして、犠牲にして。
そうやってできた、この場所はきっと崩れてしまうだろう、と。
だから、足を止めるのが怖い。
一瞬でも気を抜いたら最後。
きっと二度と戻れない暗闇へと落ちてしまう。
「っ・・・・はぁ、っ。」
とうとう最上階まで来てしまった。
目の前には立ち入り禁止と書かれた屋上へのドア。
「開け、開けよっ・・!!」
ノブを掴んでガタガタと揺すってみるが、開く気配は無い。
「くそっ・・・・開けよっ!!!」
だんだんと追い詰められていく。
「あけ・・よっ・・・。」
ズルズルとドアの前にしゃがみ込んだ。
ダメだ、もう。
落ちてしまう。
「嫌だ・・・。」
暗闇に飲み込まれていく錯覚。
「いや、だ・・・。」
苦しい、息が、できない。
耐えられなくて目を閉じた。
瞬間、聞こえたドアの音と共に、強い力に引き起こされて何かに抱きすくめられる。
そしてそのまま優しく背中を撫でられて、突き飛ばすタイミングを逃してしまった。
しかも、どうやら俺は今屋上に立っているらしい。
風が吹き抜けていく。
されるがままで居ると、不思議とさっきまでの息苦しさも、
恐怖も、不安も、感じなくなっていった。
しばらくしてふっと離れた身体に、俺は初めて相手の顔を見た。
俺よりも少し高い背。
何より、風に揺れる少し長めの髪が印象的だった。
日に透けるとどこか青いような、そんな色をしている。
「・・だいじょう、ぶ?」
低めの声でゆっくりと告げられて、慌てて目をそらす。
「・・・大丈夫、です。」
とたんに恥ずかしくなって、顔を上げられなくなる。
するとポン、と優しく頭を撫でられた。
「ゴメン、ね?」
小さく呟かれた声に顔を上げる。
すると、ちょっとだけ微笑んで、その人はポツリポツリと話し始めた。
「ここ、めったに来る人なんて居ない、から。キミが来たことに気が付かなく、て。」
こいつの癖なのか、すごく言葉一つ一つがゆっくりと発せられる。
別に特別なことを言っているわけじゃないのに、言葉がすごく綺麗に感じられた。
「中から鍵、掛けれるから。いつも掛けてて。」
一応、立ち入り禁止、だから。とドアを指差す。
じゃあ、こいつはどうやって屋上に入っていたんだろう。
確か鍵は職員室で保管されているはずだ。
俺の問いに気づいたように、そいつがおもむろにシャツの首元から何かを取り出した。
シンプルなネックレスの先に一つの鍵がついている。
まるでそれがもともとからのデザインみたいに。
「合鍵。・・・内緒、だけど。多分、オレしか持って、ないよ。」
そう言ってまっすぐこっちを見つめる瞳に、何となく向き合えなくて下を向く。
「・・また、来る?」
その問いにさっきまでの暗闇が蘇ってくる。
きっとまた、来る。
俺はまた、逃げなきゃいけない。
そう思うと身体が震えた。
「だいじょうぶ。」
ぎゅ、と抱きしめられて、一瞬にして光に引き戻される。
「今度は必ず開く、から。」
「・・・・え?」
視線を上げると、優しい瞳に見つめられる。
「いつも、は居ないけど。大丈夫。キミが来るときは必ずここに居る。
約束、する。」
だから、いつでもおいで。と優しく告げられて、柄にも無く涙が溢れた。
「・・・畜生。カッコわりぃ。」
そう言うとそいつが小さく笑ったから、俺も笑った。
「アンタ、名前は。」
「オレ?。、。・・キミは?」
「榛名 元希。」
「そっか・・・ハルナ モトキ。」
が呟くように何度も俺の名前を呼ぶ。
その独特な響きがすごく心地よくて、そのまま黙って目を閉じた。
今はただ、ここに居られることを感じていたかった。
光を、感じていたい。